・・・ 徳川時代の江戸には大火が名物であった。振袖火事として知られた明暦の大火は言うまでもなく、明和九年二月二十九日の午ごろ目黒行人坂大円寺から起こった火事はおりからの南西風に乗じて芝桜田から今の丸の内を焼いて神田下谷浅草と焼けつづけ、とうと・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・中には振袖を着ている女などがおりました、あんな女などに解るのかと思うほどでした。第三に見たのは、これはどうも反対ですね。所は読売新聞の三階でした。見物人はわれわれ位の紳士だけれども、何だか妙な、絵かきだか何だか妙な判じもののような者や、ポン・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・シルク・ショウにあらわれている振袖姿の日本娘であり、文化交換として生花、茶、日本舞踊を習っている外国婦人の姿であり、仏教の僧正になった外国紳士の姿である。さもなければあんまり早くアメリカ風になったという題でうつされている植民地的ハイカラーな・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・同時に、左右の花道から、鼓、太鼓、笛、鉦にのって一隊ずつの踊り子が振袖をひるがえして繰り出して来た。彼方の花道を見ようとすると、もう此方から来ている。華やかな桃色が走馬燈のように視覚にちらつき、いかにも女性的な興奮とノンセンスな賑わいが場内・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ 美しくありたいという、青春のねがいが、こんな場ちがいな形でまで溢れ出さなければならない、ということや、その人として一番美しく飾った姿といえば、やはり高島田に振袖、しごき姿であるというところに、心をうたれるものがあります。自分を美しくす・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・湯川夫人の日本振袖の姿も、ノーベル賞授賞の式場に異国情緒を添えた。 それぞれの国の民族が婦人や子供、としより連まで固有の服装に身をかざって、その土地伝統の祭りを祝うような日の光景は、はた目にもおもしろく愉しいものだ。けれども、その美・・・ 宮本百合子 「この三つのことば」
・・・御まきさんのうしろに中振袖の絽の着物に厚板の白茶の帯を千鳥にむすんで唐人まげのあたまにつまみ細工の花ぐしを一っぱいさしてまっしろな御化粧に紅までさした御ムスメがだまって私のかわった不ぞうさのあたまを一生懸命に見て居た。その目つきと口元を見て・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・黒ぬりの衣裄には友禅の長襦袢や振袖やたまにはさぞ重いだろうと思う様な大変な帯もかかって居る事があった。こんな何となくうきうきした部屋にはいつでも日がよくあたって居た。ホカホカとした光線が柱によりかかって猫をじゃらして居る人の半面をすき通るよ・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・――その頃はいまと違ってそういう所へ行くには三枚重ねの縮緬の着物を着て振袖で車を並べて行ったもので、一葉も借着をして行く。やっと体裁を繕って、自分の生活や気持とは大変に離れた環境の中で風流らしい歌も詠んで、帰って来ると、自分の心を抑えること・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・「そうですネー、今もよっぽどそれに近くなってるから……そう云えばまるで違う話だけどこないだ一寸女んなったんですよ、学校の着物をかりてネ、紫の大振袖に緋の長襦袢を着て厚板の帯をお太鼓にしっ(て雨の降る日でした。マントを着て裾をはしょって頭・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫