・・・もし『幸福』を掴まえる気ならば、一思いに木馬を飛び下りるが好い。――」「まさかほんとうに飛び下りはしまいな?」 からかうようにこういったのは、木村という電気会社の技師長だった。「冗談いっちゃいけない。哲学は哲学、人生は人生さ。―・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・で、しおしおその日は帰りまして、一杯になる胸を掻破りたいほど、私が案ずるよりあの女の容体は一倍で、とうとう貴方、前後が分らず、厭なことを口走りまして、時々、それ巡査さんが捕まえる、きゃっといって刎起きたり、目を見据えましては、うっとりしてい・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「私には、あの鳥を捕まえることもできますが、今日はそんなことをいたしません。」と、子供は答えました。「なんで、おまえは捕まえてみせないのだ?」「私は、ただ赤い鳥をここへ呼んだばかりです。」「捕まえてみせなければ、金をやらない・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・両側の扉から憲兵が、素早く手を突き出して、掴まえるだろう。彼は、外界から、確然と距てられたところへ連れこまれた。そこには、冷酷な牢獄の感じが、たゞよっていた。「なんでもない。一寸話があるだけだ。来てくれないか。」病院へ呼びに来た憲兵上等兵の・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・逃げだすパルチザンを捕まえるためだ。 カーキ色の軍服がいなくなった村は、火焔と煙に包まれつつ、その上から、機関銃を雨のようにばらまかれた。 尻尾を焼かれた馬が芝生のある傾斜面を、ほえるように嘶き、倒れている人間のあいだを縫って狂的に・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ ある製造工場を見学するにしても、実際の場合は一見雑然とした機械の嵐のように運転する中を案内されて説明を聞いても眼が戸まどいをして視るべき要点を掴まえることが困難であるが、適当に編輯された映画で見れば、例えば飛行機なら飛行機の製造される・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・しかし捕まえるものがないから、しだいしだいに水に近づいて来る。いくら足を縮めても近づいて来る。水の色は黒かった。 そのうち船は例の通り黒い煙を吐いて、通り過ぎてしまった。自分はどこへ行くんだか判らない船でも、やっぱり乗っている方がよかっ・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・つよい――心も、或は慾情も――男が彼女を捕まえる。なかなか幸福にはなれず――朗々とした。石原とのいきさつも叙情的幸福。 ×夏目漱石の墓 アドバンテージ 妻君 門下 故先生 Сижки Су・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ ころげるようにして、小屋へ馳けつけた彼は、いきなり出ようとする空椅子を捕まえると、ギューギュー自分の体を押しつけながら、「乗せてくんろ! よ、おじちゃん。 俺らこれさのせてくろよ!」と叫んだ。「まあこの餓鬼あ! あ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫