・・・緑酒を捧持されて、ぼんやりしていた。かのアルプス山頂、旗焼くけむりの陰なる大敗将の沈黙を思うよ。 一噛の歯には、一噛の歯を。一杯のミルクには、一杯のミルク。「なんじを訴うる者とともに途に在るうちに、早く和解せよ。恐くは、訴うる者・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・それが実にさもさもだいじなものを捧持しているようなかかえ方である。よそ目にもはらはらするようなそこらの日本の子守りと比べて、このシナ婦人のほうに信用のあるのはもっともである。 軽井沢から沓掛へ乗った一人の労働者が、ひどく泥酔して足元があ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・自分は教会の門前で柩車を出迎えた後霊柩に付き添って故人の勲章を捧持するという役目を言いつかった。黒天鵞絨のクションのまん中に美しい小さな勲章をのせたのをひもで肩からつり下げそれを胸の前に両手でささげながら白日の下を門から会堂までわずかな距離・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
出典:青空文庫