・・・という大きな神秘と、絶えず直接の交通を続けているためか、川と川とをつなぐ掘割の水のように暗くない。眠っていない。どことなく、生きて動いているという気がする。しかもその動いてゆく先は、無始無終にわたる「永遠」の不可思議だという気がする。吾妻橋・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・東京の川や掘割りは河童には往来も同様ですから。」 僕は河童も蛙のように水陸両棲の動物だったことに今さらのように気がつきました。「しかしこの辺には川はないがね。」「いえ、こちらへ上がったのは水道の鉄管を抜けてきたのです。それからち・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・自分はこの点において、松江市は他のいずれの都市よりもすぐれた便宜を持っていはしないかと思う。堀割に沿うて造られた街衢の井然たることは、松江へはいるとともにまず自分を驚かしたものの一つである。しかも処々に散見する白楊の立樹は、いかに深くこの幽・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・もっとも何千年の昔から人足の絶えた処には違いございません、何蕨でも生えてりゃ小児が取りに入りましょうけれども、御覧じゃりまし、お茶の水の向うの崖だって仙台様お堀割の昔から誰も足踏をした者はございませんや。日蔭はどこだって朝から暗うございます・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
神田の司町は震災前は新銀町といった。 新銀町は大工、屋根職、左官、畳職など職人が多く、掘割の荷揚場のほかにすぐ鼻の先に青物市場があり、同じ下町でも日本橋や浅草と一風違い、いかにも神田らしい土地であった。 喧嘩早く、・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・私はそんなところには一種の嗅覚でも持っているかのように、堀割に沿った娼家の家並みのなかへ出てしまった。藻草を纒ったような船夫達が何人も群れて、白く化粧した女を調戯いながら、よろよろと歩いていた。私は二度ほど同じ道を廻り、そして最後に一軒の家・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・それは五十米と距らない赭土の掘割りの中に、まるで土の色をして保護色に守られて建っていた。「あいつも見て置く必要があるな。」 浜田は、さきに立って、ツカ/\と進もうとした。その時赭土の家からヒョイと一人の中山服が顔を出した。「や、・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 浅間の麓に添うた傾斜の地勢は、あだかも人工で掘割られたように、小諸城址の附近で幾つかの深い谷を成している。谷の一つの浅い部分は耕されて旧士族地を取囲いているが、その桑畠や竹薮を背にしたところに桜井先生の住居があった。先生はエナアゼチッ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・かけ出した各消防署のポンプも、地震で水道の鉄管がこわれて水がまるで出ないので、どうしようにも手のつけようがなく、ところにより、わずかに堀割やどぶ川の水を利用して、ようやく二十二、三か所ぐらいは消しとめたそうですが、それ以上にはもう力がおよば・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・少しあるくと道は突然中断されて、深い掘割が道と直角に丘の胴中を切り抜いていた。向うに見える大きな寺がたぶん総持寺というのだろう。 松林の中に屋根だけ文化式の赤瓦の小さな家の群があった。そこらにおむつが干したりしてあるが、それでもどこかオ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫