・・・戦争のために、この本の代価までが倍に近く引き上げられた事は、自分ばかりでなく多数の人の痛切に感じる損失であろうと思う。 この叢書の表紙の裏を見ると“Everyman, I will go with thee and be thy gui・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・で結婚のあいてにめぐり合うことがむずかしくなったり、結婚生活と職業とが労力的に両立しがたかったりして、そういう困難にぶつかると、女のひとはそれを我々の今日生きている社会のおくれた形から蒙っている男女の損失として見るより先に、わが心のうちに旧・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ まとまりのない、日向の飴の様な字をかなり並べる間、お金は傍に座って筆の先を見ながら、自分の息子にあまり益のない嫁を取った損失を考えて居た。 始め、恭二を養子にする時だって、もう少しいい家から取るつもりで居た目算が、ひょんな事からは・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 何に、彼那人が彼那事を云ったって、自分の生命の価値に何の損失も与える事は出来ないのだ、とは思う。又思うのみならず其を信じて疑わない。けれども、信じ安じるべきであるに拘らず、その不愉快さは依然としてドス黒いかたまりを、朗らかな胸中に一点・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・「彼のごとき作家的才能のあるものが実践の為に精力をとられ、芸術的活動をそれほど鈍らせるのは大局から見て損失だ」という風に論じていたようであるが、私はそうは思わない。杉山氏によれば、同志小林は作家として「当面やるだけのことはやってのけてしまっ・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
・・・第二次大戦では軍人だけの損失が一五〇〇万人とされている。その内訳は、反ファシズム戦争で甚大な消耗をしたソヴェトが七五〇万人、つまり半分の犠牲を出した。ドイツが第二位で二五〇万人。中国が二二〇万人。日本が中日事変を加えて一五〇万人。ところがア・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・、パリやニイスやイタリーを親切ではあるが旧時代の世界に住んでいる女親たちにとりかこまれて、領地の農民たちからしぼりとった金を使いながら歩きまわっていなければならなかったことは、マリアの知らない生涯の大損失であった。当時ロシアの貴族の若い娘た・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・経済上の知識ということも福沢諭吉の論じている範囲では、あまりに婦人が深窓に育ち世事にうとく、次第に複雑化して来る近代社会の経済関係の中で、常に騙され損失を蒙る可哀そうな立場にあることを見て、婦人もやはり社会の経済に関する理解を持たなければ、・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ 太郎兵衛はそれまで正直に営業していたのだが、営業上に大きい損失を見た直後に、現金を目の前に並べられたので、ふと良心の鏡が曇って、その金を受け取ってしまった。 すると、秋田の米主のほうでは、難船の知らせを得たのちに、残り荷のあったこ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・大夫が家では一時それを大きい損失のように思ったが、このときから農作も工匠の業も前に増して盛んになって、一族はいよいよ富み栄えた。国守の恩人曇猛律師は僧都にせられ、国守の姉をいたわった小萩は故郷へ還された。安寿が亡きあとはねんごろに弔われ、ま・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫