・・・一度なぞはおれと一しょに、磯山へ吾を摘みに行ったら、ああ、わたしはどうすれば好いのか、ここには加茂川の流れもないと云うた。おれがあの時吹き出さなかったのは、我立つ杣の地主権現、日吉の御冥護に違いない。が、おれは莫迦莫迦しかったから、ここには・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・彼女は桑を摘みに来たのか、寝間着に手拭をかぶったなり、大きい笊を抱えていた。そうして何か迂散そうに、じろじろ二人を見比べていた。「相撲だよう。叔母さん。」 金三はわざと元気そうに云った。が、良平は震えながら、相手の言葉を打ち切るよう・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・禿げ上がった額の生え際まで充血して、手あたりしだいに巻煙草を摘み上げて囲炉裡の火に持ってゆくその手は激しく震えていた。彼は父がこれほど怒ったのを見たことがなかった。父は煙草をそこまで持ってゆくと、急に思いかえして、そのまま畳の上に投げ捨てて・・・ 有島武郎 「親子」
・・・そして口に手拭を喰わえてそれを開くと、一寸四方ほどな何か字の書いてある紙片を摘み出して指の先きで丸めた。水を持って来さしてそれをその中へ浸した。仁右衛門はそれを赤坊に飲ませろとさし出されたが、飲ませるだけの勇気もなかった。妻は甲斐甲斐しく良・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ そのうちに長い夏もやがて末になって、葡萄の果も紫水晶のようになり、落ちて地にくさったのが、あまいかおりを風に送るようになりますと、村のむすめたちがたくさん出て来てかごにそれを摘み集めます。摘み集めながらうたう歌がおもしろいので、燕たち・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・頤から爪先の生えたのが、金ぴかの上下を着た処は、アイ来た、と手品師が箱の中から拇指で摘み出しそうな中親仁。これが看板で、小屋の正面に、鼠の嫁入に担ぎそうな小さな駕籠の中に、くたりとなって、ふんふんと鼻息を荒くするごとに、その出額に蚯蚓のよう・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ と、爺さんは、粉煙草を、三度ばかりに火皿の大きなのに撮み入れた。 ……根太の抜けた、荒寺の庫裡に、炉の縁で。…… 三 西明寺――もとこの寺は、松平氏が旧領石州から奉搬の伝来で、土地の町村に檀家がない。従・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・帽子は被らず、頭髪を蓬々と抓み棄てたが、目鼻立の凜々しい、頬は窶れたが、屈強な壮佼。 渋色の逞しき手に、赤錆ついた大出刃を不器用に引握って、裸体の婦の胴中を切放して燻したような、赤肉と黒の皮と、ずたずたに、血筋を縢った中に、骨の薄く見え・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 白い手ぬぐいを被った、女たちといっしょに、彼は、くわの葉を摘みました。そして摘まれた葉は、大きなかごに詰められて送られるのですが、彼はそれをリヤカーに乗せて、幾たびとなく、停車場へ運んだのであります。 口笛を吹きながら、街道を走り・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・ 今日は不漁で代物が少なかったためか、店はもう小魚一匹残らず奇麗に片づいて、浅葱の鯉口を着た若衆はセッセと盤台を洗っていると、小僧は爼板の上の刺身の屑をペロペロ摘みながら、竹箒の短いので板の間を掃除している。 若衆は盤台を一枚洗い揚・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫