・・・いずれも何一つ持出すひまもなく、昨夜上野公園で露宿していたら巡査が来て○○人の放火者が徘徊するから注意しろと云ったそうだ。井戸に毒を入れるとか、爆弾を投げるとかさまざまな浮説が聞こえて来る。こんな場末の町へまでも荒して歩くためには一体何千キ・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・由井正雪の残党が放火したのだという流言が行なわれたのももっともな次第である。明和九年の行人坂の火事には南西風に乗じて江戸を縦に焼き抜くために最好適地と考えられる目黒の一地点に乞食坊主の真秀が放火したのである。しかし、それはもちろんだれが計画・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ 一日ミロにおける住宅で友人達と会合しあっていたとき誰かがその家に放火した。それは仲間に入れてもらえなかった人の怨恨によるともいわれ、またクロトンの市民等がピタゴラス一派の権勢があまり強すぎて暴君化することを恐れたためともいわれている。・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・伝通院地内の末寺へ盗棒が放火をした。水戸様時分に繁昌した富坂上の何とか云う料理屋が、いよいよ身代限りをした。こんな事をば、出入の按摩の久斎だの、魚屋の吉だの、鳶の清五郎だのが、台所へ来ては交る交る話をして行ったが、然し、私には殆ど何等の感想・・・ 永井荷風 「狐」
・・・あるいは、お七は、裁判所で、裁判官より、言い遁れる言いようを教えてもろうたけれど、それには頓着せず、恋のために火をつけたと真直に白状してしもうたから、裁判官も仕方なしに放火罪に問うた、とも伝えて居る。あるいは想像の話かもしれぬが想像でも善く・・・ 正岡子規 「恋」
・・・ ところが二月二十七日の夜、ドイツ国会放火事件がおこった。真の犯人はナチスであるが、それを口実に共産党への大弾圧を加えるために、計画された陰謀であった。また反ナチ派の勢力の下にあったバイエルン州のミュンヘンでは、この報知をきいても、ナチ・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・相異を理解しながら、読者は次第に北国へ向い、やがて峯子に出会ってA村に入ると、そこには、貧農の息子でのちに急進的に行動する清司、動揺する地方の人道主義的インテリゲンチアである小学教師の木村、窮乏による放火犯の息子であり、A村での農民組合組織・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・激しい歴史の動きにさらされながら、世界の良心あるすべての人々は、戦争放火者たちの跳梁に抗して、新しい人類の理性の勝利と美の確立のために奮闘している。わたしたちは、そのような世界と日本の現実の隅々までを見ようとする。新しく湧き出ようとしている・・・ 宮本百合子 「序(『日本の青春』)」
・・・ 一九三三年二月二十七日、政権をとって一ヵ月のナチスがゲーリングを先頭にしてドイツ国会放火事件を仕組んだ。放火人ファン・デア・ルッベは共産党員と自白し、後生大事に党員証を身体につけていた。しかし裁判で、ルッベがナチスのまわしものとしての・・・ 宮本百合子 「「推理小説」」
・・・ ――○―― 国男、山田さん位の青年の恋に対する心持、恋のしかた、と、娘のそれとの組み合わせ。 ――○―― 放火犯の心持、 寥しさに火をいじることから始り、心の寥しさが増すにつれて、大・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
出典:青空文庫