・・・たとえば日本の歴史教科書は一度もこう云う敗戦の記事を掲げたことはないではないか?「大唐の軍将、戦艦一百七十艘を率いて白村江(朝鮮忠清道舒川県に陣列れり。戊申(天智天皇日本の船師、始めて至り、大唐の船師と合戦う。日本利あらずして退く。己酉・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・いかにして国運を恢復せんか、いかにして敗戦の大損害を償わんか、これこの時にあたりデンマークの愛国者がその脳漿を絞って考えし問題でありました。国は小さく、民は尠く、しかして残りし土地に荒漠多しという状態でありました。国民の精力はかかるときに試・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・京都で一番賑かな四条通、河原町通の商店の資本は、敗戦後たいてい大阪商人から出ているという話である。 最近、四条河原町附近の土地を、五百万円の新円で買い取った大阪の商人がいるという。 焼けても、さすがに大阪だったのだ。――という眼でみ・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ 人間の努力というものは奇妙なもので、努力するという限りでは、ここ数年間の軍官民はそれぞれ莫迦は莫迦なりに努力して来たのだが、その努力が日本を敗戦に導くための努力であった如く、日本の文壇の努力は日本の小説を貧困に導くための努力であった。・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・いわば世相の語り方に公式が出来ているのだ。敗戦、戦災、失業、道義心の頽廃、軍閥の横暴、政治の無能。すべて当然のことであり、誰が考えても食糧の三合配給が先決問題であるという結論に達する。三歳の童子もよくこれを知っているといいたいところである。・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ みなさんは、日本を敗戦国にしたのは、軍閥と官僚だとお思いになっていらっしゃるかも知れませんが、実は猫と杓子が日本をこんなことにしてしまったのです。猫と杓子が寄ってたかって、戦争だ、玉砕だ、そうだそうだ、賛成だ賛成だ、非国民だなどと、わ・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
・・・ いかに深夜とはいえ、敗戦の大阪とはいえ、一糸もまとわぬ若い娘の裸の体が、いきなり自分の眼の前に飛び出して来るなんて、戦争の影響で相当太くなっているはずの神経にとっても、これは余りに異様すぎる感覚だった。 しかも、まるでこの異様さを・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・日本は敗戦と共にわびしく貧弱になったが、私は日本とともにわびしく貧弱になることを私の文学のためにおそれる。敗戦と共に小説が下手になったといわれることをおそれる。 私の今日の文学にもし存在価値があるとすれば、私は文学以外のことでは、すべて・・・ 織田作之助 「私の文学」
・・・の起ちかかるを止めるように『戦争はまだ永く続きそうでございますかな』と吉次が座興ならぬ口ぶり、軽く受けて続くとも続くともほんとの戦争はこれからなりと起ち上がり『また明日の新聞が楽しみだ、これで敗戦だと張り合いがないけれど我軍の景気が・・・ 国木田独歩 「置土産」
僕は、女をひとり、殺した事があるんです。実にあっけなく、殺してしまいました。 終戦直後の事でした。僕は、敗戦の前には徴用で、伊豆の大島にやられていまして、毎日毎日、実にイヤな穴掘工事を言いつけられ、もともとこんな痩せ細・・・ 太宰治 「女類」
出典:青空文庫