・・・それやったら、よけい教え甲斐がおますわ」 肺病を苦にして自殺をしようと思い、石油を飲んだところ、かえって病気が癒った、というような実話を例に出して、男はくどくどと石油の卓効に就いて喋った。「そんな話迷信やわ」 いきなり女が口をは・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・傍に坐っていた番頭は同じ区内の何とかいう店を教えてくれたが、耕吉は廻ってみる勇気もなく、疲れきって帰ってきた。「熊沢蕃山、息、游軒か、……よかったねえ」 編輯室の人たちも耕吉の話を聞いて、笑いはやした。「熊沢蕃山という人のことな・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・自分が何度誘ってもそこへ行こうとは言わなかったことや、それから自分が執こく紙と鉛筆で崖路の地図を書いて教えたことや、その男の頑なに拒んでいる態度にもかかわらず、彼にも自分と同じような欲望があるにちがいないとなぜか固く信じたことや――そんなこ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・元来学校では鉛筆画ばかりで、チョーク画は教えない。自分もチョークで画くなど思いもつかんことであるから、画の善悪はともかく、先ずこの一事で自分は驚いてしまった。その上ならず、馬の頭と髭髯面を被う堂々たるコロンブスの肖像とは、一見まるで比べ者に・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・一般に科学というものを知らなかった上古の人間も学としての形態の充分ととのっていない支那や日本の諸子百家の教えも、また文字なき田夫野人の世渡りの法にも倫理的関心と探究と実践とはある。しかし現代に生を享けて、しかも学徒としての境遇におかれたイン・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・この男は、藤井先生がY村で教えていた頃の生徒だ。そのくせ、昔の先生に対してさえ、今は、官憲としての権力を振りまわして威張っていた。そして、旧師に対するような態度がちっともなかった。運動をやっている者は、先生だって、誰だって悪いというような調・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・と低い声で細々と教えてくれた。若崎は唖然として驚いた。徳川期にはなるほどすべてこういう調子の事が行われたのだなと暁って、今更ながら世の清濁の上に思を馳せて感悟した。「有難うございました。」と慄えた細い声で感謝した。 その夜若・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・あんさんがこっちにいたとき、よく息子の進とこさ遊ぶに来る来ると思ってだら、碌でもないことば教えて、引張りこみやがっただ。腕のいゝ旋盤工だから、んでなかったら、どんどん日給もあがって、えゝ給料取りになっていたんだ。」――それは他の人もそッと持・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ゆっくりゆっくり私が話して聞かせると、そうするとあれにも分って、私の方で教えた通りになら出来る。なんでもああいう児には静かな手工のようなことが一番好いで、そこへ私も気がついたもんだで、それから私も根気に家の仕事の手伝いをさせて。ええええ、手・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・馬はウイリイに、親烏が立って出るまで待っていて、その留守に木へ上って、巣にいる子烏を一ぴき殺して、命の水を入れるびんを、そっと巣の中に入れておくように教えました。 ウイリイはそのとおりにしてびんを入れて下りて来て、じっと見ていました。そ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
出典:青空文庫