・・・ これが長崎著聞集、公教遺事、瓊浦把燭談等に散見する、じゅりあの・吉助の一生である。そうしてまた日本の殉教者中、最も私の愛している、神聖な愚人の一生である。 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・まして、私の妻のような実例も、二三外に散見しているではございませんか。 私はこう云うような事を申して、妻を慰めました。妻もやっと得心が行ったのでございましょう。それからは、「ただあなたがお気の毒ね」と申して、じっと私の顔を見つめたきり、・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・しかも処々に散見する白楊の立樹は、いかに深くこの幽鬱な落葉樹が水郷の土と空気とに親しみを持っているかを語っている。そして最後に建築物に関しても、松江はその窓と壁と露台とをより美しくながめしむべき大いなる天恵――ヴェネティアをしてヴェネティア・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・ 枝に雪をいただいて、それが丁度、枝に雪がなっているように見える枯木が、五六本ずつ所々に散見する外、あたりには何物も見えなかった。どこもかしこも、すべて、まぶしく光っている白い雪ばかりだった。そして、何等の音も、何等の叫びも聞えなかった・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・それでその頃は立派な家柄の人が、四方へ漂泊して、豪富の武家たちに身を寄せておられたことが、雑史野乗にややもすれば散見する。植通も泉州の堺、――これは富商のいた処である、あるいはまた西方諸国に流浪し、聟の十川(十川一存を見放つまいとして、しん・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・いま読みかえし、私自身にさえ、意味不明の箇所が、それらの作品には散見されるのである。意味不明の文章が散見されるということだけでも、私は大いに恥じなければいけない。これはたしかに、私にとって不名誉の作品である。 けれども、私が以前の数十篇・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・少し好色すぎたと思われる描写が処々に散見されたからである。口の悪い次男に、あとで冷笑されるに違いないと思ったが、それも仕方がないと諦めた。自分の今の心境が、そのまま素直にあらわれたのであろう、悲しいことだと思ったりした。でもまた、これだけで・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・立派なる洋館も散見す。大船にて横須賀行の軍人下りたるが乗客はやはり増すばかりなり。隣りに坐りし静岡の商人二人しきりに関西の暴風を語り米相場を説けば向うに腰かけし文身の老人御殿場の料理屋の亭主と云えるが富士登山の景況を語る。近頃は西洋人も婦人・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・という不思議な現象の記事を、ゆうけんしょうろく、提醒紀談、笈埃随筆等で散見する。これは山腹に露出した平滑な岩盤が適当な場所から発する音波を反響させるのだという事は今日では小学児童にでもわかる事である。岩面に草木があっては音波を擾乱す・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・小万は上の間に行ッて窓から覗いたが、太郎稲荷、入谷、金杉あたりの人家の燈火が散見き、遠く上野の電気燈が鬼火のように見えているばかりである。次の日の午時頃、浅草警察署の手で、今戸の橋場寄りの或露地の中に、吉里が着て行ッたお熊の半天が脱捨て・・・ 永井荷風 「里の今昔」
出典:青空文庫