・・・粟野さんは今日も煙草の缶、灰皿、出席簿、万年糊などの整然と並んだ机の前に、パイプの煙を靡かせたまま、悠々とモリス・ルブランの探偵小説を読み耽っている。が、保吉の来たのを見ると、教科書の質問とでも思ったのか、探偵小説をとざした後、静かに彼の顔・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ と、肩に斜なその紫包を、胸でといた端もきれいに、片手で捧げた肱に靡いて、衣紋も褄も整然とした。「絵ですか、……誰の絵なんです。」「あら、御存じない?……あなた、鴾先生のじゃありませんか。」「ええ、鴾君が、いつね、その絵を。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・髪の薄い天窓を真俯向けにして、土瓶やら、茶碗やら、解かけた風呂敷包、混雑に職員のが散ばったが、その控えた前だけ整然として、硯箱を右手へ引附け、一冊覚書らしいのを熟と視めていたのが、抜上った額の広い、鼻のすっと隆い、髯の無い、頤の細い、眉のく・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・思いなしか、気のせいか、段々窶れるようには見えるけんど、ついぞ膝も崩した事なし、整然として威勢がよくって、吾、はあ、ひとりでに天窓が下るだ、はてここいらは、田舎も田舎だ。どこに居た処で何の楽もねえ老夫でせえ、つまらねえこったと思って、気が滅・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・「そうだろうな、あの気象でも、極りどころは整然としている。嫁入前の若い娘に、余り聞かせる事じゃないから。 ――さて、問題の提灯だ。成程、その人に、切籠燈のかわりに供えると、思ったのはもっともだ。が、そんな、実は、しおらしいとか、心入・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 机の上を見ると、教科書用の書籍そのほかが、例のごとく整然として重ねてある。その他周囲の物すべてが皆なその処を得て、キチンとしている。 室の下等にして黒く暗憺なるを憂うるなかれ、桂正作はその主義と、その性情によって、すべてこれらの黒・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ 清潔、整然、金色の光を放ち、ふくいくたる香気が発するくらい。タンス、鏡台、トランク、下駄箱の上には、可憐に小さい靴が三足、つまりその押入れこそ、鴉声のシンデレラ姫の、秘密の楽屋であったわけである。 すぐにまた、ぴしゃりと押入れをし・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・首尾ノ一貫、秩序整然。ケサノコノ走リ書モマタ、純粋ノ主観的表白ニアラザルコトハ、皆様承知。プンクト、ナドノ君ノ気持チト思イ合セヨ。急ニ書キタクナクナッタ。 スベテノ言、正シク、スベテノ言、嘘デアル。所詮ハ筏ノ上ノ組ンヅホツレツデアル、ヨ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 七 むかでの歩くのを見ていると、あのたくさんの足が実に整然とした運動をしている。一種の疎密波が身長に沿うて虫の速度よりは早い速度で進行する。 もしか自分がむかでになってあれだけのたくさんな足を一つ一つ意識的・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・また書き方が如何にも整然としていて、粗雑な点が少しもない。」「優れた科学者のうちに、一つの問題に対する『最初の言葉』を云う人と、『最後の言葉』を述べる人とあったとしたら、レーリーは多分後者に属したかもしれない。」 しかし彼はまたかなり多・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
出典:青空文庫