・・・もう一方の眼はあらぬ方に向けられていた。斜視だなと思った。とすれば、ひょっとすると、女の眼は案外私を見ていないのかもしれない。けれどともかく私は見られている。私は妙な気持になって、部屋に戻った。 なんだか急に薄暗くなった部屋のなかで、浮・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・少し斜視がかった眼はぎょろりとして、すれちがう人をちらと見る視線は鋭い。朝っぱらから酒がはいっているらしく、顔じゅうあぶらが浮いていて、雨でもないのにまくり上げた着物の裾からにゅっと見えている毛もじゃらの足は太短かく、その足でドスンドスンと・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・特徴のある武田さんの笑い声を耳の奥で聴いていた、少し斜視がかったぎょろりとした武田さんの眼を、胸に泛べていた。 最も残念だったのは藤沢さんであろうと、書いたが、しかし、それよりも残念だったのは当の武田さん自身であったろう。死に切れなかっ・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・手を振り腰を振りして、尖がった狐のような顔を白く塗り立てたその踊り子は、時々変な斜視のような眼附きを見せて、扉と飲台との狭い間で踊った。 幾本目かの銚子を空にして、尚頻りに盃を動かしていた彼は、時々無感興な眼附きを、踊り子の方へと向けて・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫