・・・ 円福寺の方丈の書院の床の間には光琳風の大浪、四壁の欄間には林間の羅漢の百態が描かれている。いずれも椿岳の大作に数うべきものの一つであるが、就中大浪は柱の外、框の外までも奔浪畳波が滔れて椿岳流の放胆な筆力が十分に現われておる。 円福・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ような政府が未だに存在していたり、近年はかえすがえすも取り返しのつかぬような痛憤やる方ないことのみが多いが武田さんの死もまた取りかえしのつかぬ想いに私をうろたえさせる許りで、私は暫らく蒲団をかぶって「方丈記」でも読んでいたい。「方丈記」を読・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・ すぐにも電報と思ったが、翌朝方丈の電話を借りさせて、東京の弟の勤め先きへすぐ来るようにとかけさせた。弟の来たのは昼ごろだった。「じつはね、Fを国へ帰そうと思ってね、……いや別にそんなことで疳癪を起したというわけでもないんだがね、じ・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・鴨長明の方丈記を引用するまでもなく地震や風水の災禍の頻繁でしかも全く予測し難い国土に住むものにとっては天然の無常は遠い遠い祖先からの遺伝的記憶となって五臓六腑にしみ渡っているからである。 日本において科学の発達がおくれた理由はいろいろあ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・維摩が方丈の室に法を聴ける大衆は千か万かその数を忘れた。胡桃の裏に潜んで、われを尽大千世界の王とも思わんとはハムレットの述懐と記憶する。粟粒芥顆のうちに蒼天もある、大地もある。一世師に問うて云う、分子は箸でつまめるものですかと。分子はしばら・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・一つ机で、由子は方丈記を写した。向い側でお千代ちゃんが木炭紙へ墨で幾枚も絵を描いた。女の絵であった。「――お千代ちゃん絵うまいのね」「そーお。――私絵やろうかしら」 由子は頭をふり上げ、「いいわ、そりゃいいわ」と熱心に賛・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・丁度、私共が十二三の頃、面白くもなければ、本当の意味もわからない西鶴や方丈記を、其等が「大人の本」であると云う丈の理由で、さも博大な知識を獲得しつつあるような満足と動悸とを以て読み、筆写さえした通りに。 この本の印刷された年代で見ると、・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・永山氏の紹介で、現住三浦氏が各建物を案内し大方丈の戸にある沈南蘋の絵を見せて呉られた。護法堂の布袋、囲りに唐児が遊れて居る巨大な金色の布袋なのだが、其が彫塑であるという専門的穿鑿をおいても、この位心持よい布袋を私は初めて見た。布袋というもの・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・青蓮堂に藤左衛門の像、護法堂の有名な彫塑大布袋、大方丈の沈南蘋の牡丹の絵などを見せて貰った。けれども、私共に最も感銘を与えたのは、大観門前に佇んで、低い胸欄越しに、模糊とした長崎市を俯瞰した時の心持だ。左手に、高くすっきり櫓形に石をたたみ上・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・「平家物語」「方丈記」西鶴などを盛にうつしたり、口語訳にしたりして表紙をつけ手製本をつくった。与謝野晶子の「口語訳源氏物語」のまねをして「錦木」という長篇小説を書いた。森の魔女の話も書いた。両親たちは自分たちの生活にいそがしい。家庭・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫