・・・こういう風景国日本に生まれた旅客にカメラが欠くべからざる侶伴であるのも不思議はないであろう。 親譲りの目は物覚えが悪いので有名である。朝晩に見ている懐中時計の六時がどんな字で書いてあるかと人に聞かれるとまごつくくらいであるが、写真の目く・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・尤も、よく馴れたわれわれの手を遁げる遁げ方と時々屋前を通る職人や旅客などを逃避する逃げ方とではまるでにげ方が違う。前の場合だとちょっと手の届かぬ処へにげるだけだのに、後の場合だと狼狽の表情を明示していきなり池の中へころがり込むようである。と・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・に、取付虫の寿林、ふる狸の清春という二人の歌比丘尼が、通りがかりの旅客を一見しただけですぐにその郷国や職業を見抜く、シャーロック・ホールムス的の「穿ち」をも挙げておきたい。 科学者としても理論的科学者でなくてどこまでも実験的科学者であっ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・それは、日本航空輸送会社の旅客飛行機白鳩号というのが九州の上空で悪天候のために針路を失して山中に迷い込み、どうしたわけか、機体が空中で分解してばらばらになって林中に墜落した事件について、その事故を徹底的に調査する委員会ができて、おおぜいの学・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・と言われる火山をできるだけ多くの旅客に見せたいと思っているかのように、最後から二番目の綴音「ボー」に強い揚音符をつけてまた幾度か「ストロンボーリ、ストロンボーリ」と叫んでいた。月夜の海は次第に波が高くなって、船は三十度近くも揺れるので、人々・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・当時都下の温泉旅館と称するものは旅客の宿泊する処ではなくして、都人の来って酒宴を張り或は遊冶郎の窃に芸妓矢場女の如き者を拉して来る処で、市中繁華の街を離れて稍幽静なる地区には必温泉場なるものがあった。則深川仲町には某楼があり、駒込追分には草・・・ 永井荷風 「上野」
・・・私の乗っている汽車にも、きっとそういう用事で出て来ている各地の旅客がいただろう。その人々は、この一望果てない青田を見て、そこに白く光った白米の粒々を想像し、価のつり上りを想像し、満足を感じていたかもしれない。けれども、私は、行けども行けども・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ その前に男女一かたまりの農民が並んで立って列車とそこから出て来て散歩している旅客を眺めている。今日も新しいエレバートルを見た。まだすっかり出来上らないで頂上に赤旗がひるがえっていた。 十月三十日。 午後一時、ニージュニウー・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・だからと云って世界周遊船の旅客に、あなたも同じ海の上、同じ船の上での旅なのだから、万一のため、と入れずみをすすめて、それはあなたの権利を守ることです、というマネージャがあり得るだろうか。 日本の権力が、科学によって強化されるプロセスが、・・・ 宮本百合子 「指紋」
・・・―― 今この三等夜汽車で靴をはいたまんま寝て揺られている旅客の何人かが、一九一七年から二一年までの間にその光栄あるСССРの歴史的シラミを破れ外套の裾にくッつけてあるいていなかったと誰がいえる。さっき、その大きい二つの眼をステーションの・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫