・・・とにかくうすら寒い時候に可愛らしい筍をにょきにょきと簇生させる。引抜くと、きゅうっきゅうっと小気味の好い音を出す。軟らかい緑の茎に紫色の隈取りがあって美しい。なまで噛むと特徴ある青臭い香がする。 年取った祖母と幼い自分とで宅の垣根をせせ・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・少しおくれて、それまでは藤棚から干からびた何かの小動物の尻尾のように垂れていた花房が急に伸び開き簇生した莟が破れてあでやかな紫の雲を棚引かせる。そういう時によく武蔵野名物のから風が吹くことがあってせっかく咲きかけた藤の花を吹きちぎり、ついで・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・ 梨の葉に病気がついて黄色い斑紋ができて、その黄色い部分から一面に毛のようなものが簇生することがある。子供の時分からあれを見るとぞうっと総毛立って寒けを催すと同時に両方の耳の下からあごへかけた部分の皮膚がしびれるように感ずるのであった。・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・延びるにしたがって茎の周囲に簇生した葉は上下左右に奇妙な運動をしている。それはあたかも自意識のある動物が、われわれには不可知なある感情を表わすためにもがいているようにも思われ、あるいはまた充実した生命の歓喜におどっているようにも思われた。や・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・頂上を見ると黄色がかった小さい花が簇生しているが、それはきわめて謙遜な、有るか無きかのものである。いったい自然はどうしていつもの習慣にそむいてこの植物の生殖器をこんなに見すぼらしくして、そのかわりに呼吸同化の機関たる葉をこれほどまでに飾った・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・ この時分から、今日では簇生と云ってよい程に殖えている文学の賞がそろそろ現れだしたということは、真面目に文学を考える者の深い注意を牽く点であろうと思う。それ以前、小林多喜二を記念する賞があったが、それは広汎な影響を持つ間なくして消され、・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
出典:青空文庫