・・・「いこいつつ水の流れをながめおれば、せきれい鳴いて日暮れんとす」など、とり止めもない遠足の途中のいたずら書きらしいものもある。 亮のかいた絵に私が題句をかいたり、亮の句に私が生意気な評のようなものをかいたりしたのもある。私はそのころ熊本・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・ 刈稲もふじも一つに日暮れけり 韮山をかなたとばかり晩靄の間に眺めて村々の小道小道に人と馬と打ちまじりて帰り行く頃次の駅までは何里ありやと尋ぬれば軽井沢とてなお、三、四里はありぬべしという。疲れたる膝栗毛に鞭打ちてひた急ぎにいそ・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・陽炎や名も知らぬ虫の白き飛ぶ橋なくて日暮れんとする春の水罌粟の花まがきすべくもあらぬかなのごときは古文より来たるもの、春の水背戸に田つくらんとぞ思ふ白蓮を剪らんとぞ思ふ僧のさま この「とぞ思ふ」と・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
清作は、さあ日暮れだぞ、日暮れだぞと云いながら、稗の根もとにせっせと土をかけていました。 そのときはもう、銅づくりのお日さまが、南の山裾の群青いろをしたとこに落ちて、野はらはへんにさびしくなり、白樺の幹などもなにか粉を・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・四 日暮れからすっかり雪になりました。 外ではちらちらちらちら雪が降っています。 農夫室には電燈が明るく点き、火はまっ赤に熾りました。 赤シャツの農夫は炉のそばの土間に燕麦の稈を一束敷いて、その上に足を投げ出して・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・ 「ぎんがぎがの すすぎの底の日暮れかだ 苔の野はらを 蟻こも行がず。」 このとき鹿はみな首を垂れていましたが、六番目がにわかに首をりんとあげてうたいました。 「ぎんがぎがの すすぎの底でそっこりと ・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・「降りゃしないかね、これで彼方へつくのはどうしたって日暮れだ」「大丈夫だよ、俥でおいでね、くたぶれちゃうよ。一里半もあるんだってからさ」「お前傘は?」「いいよ、平気」「どうせ家へかえるんだもんね」「あああ家へかえるん・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・ 広い通りや、狭い通りを抜けて、走る電車の前を突切る早業に、魂をひやしてお金の家へついたのは、もう日暮れに近かった。 格子の前で、かすかに震える手から車夫にはらってから、とげとげした声で、 御免と云った。 内から・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・―― 四月二十四日の日暮れがた、高等へ出された時、自分は岩手訛の主任にしつこく今野を出して手当をさせろと云った。「あなたがたは、いつも家庭の平和とか親子の情とかやかましく云っているのだから、見す見す中耳炎と分っているのに放っといて、・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ ああ、一時間早く仕事をきり上げてこられると、なんというのんびりしたいい心持だろう! ニーナはつくづく思った。 日暮れが早いからニーナの室には電燈がついているが、時刻にすればまだ四時そこそこである。今日の退け時ほど工場の出入口が陽気・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
出典:青空文庫