・・・とし、蓄音器は新内、端唄など粋向きなのを掛け、女給はすべて日本髪か地味なハイカラの娘ばかりで、下手に洋装した女や髪の縮れた女などは置かなかった。バーテンというよりは料理場といった方が似合うところで、柳吉はなまこの酢の物など附出しの小鉢物を作・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・しばらくそこを見ていると、そこが階段の上り口になっているらしい部屋の隅から、日本髪に頭を結った女が飲みもののようなものを盆に載せながらあらわれて来た。するとその部屋と崖との間の空間がにわかに一揺れ揺れた。それは女の姿がその明るい電灯の光を突・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・果して、勝手口から、あの少女でもない、色のあさぐろい、日本髪を結った痩せがたの見知らぬ女のひとがこちらをこっそり覗いているのを、ちらと見てしまった。「それでは、まあ、その傑作をお書きなさい。」「お帰りですか? 薄茶を、もひとつ。」・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ひとりは、宿屋の女中あがりらしく、大きい日本髪をゆい、赤くふくれた頬をしていた。私は、この女には、なんの興味も覚えなかったのであるが、いまひとりの少女、ああ、私はこの女をひとめ見るより身内のさっと凍るのを覚えた。いま思うと、なんの不思議もな・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・「わかったよ。君は、疲れている疲れていると言いながら、ひどく派手なんだね。いちばん華やかな祭礼はお葬いだというのと同じような意味で、君は、ずいぶん好色なところをねらっているのだよ。髪は?」「日本髪は、いやだ。油くさくて、もてあます。・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・ ことしの三ガ日も例年どおり日本髪が多うございました。お正月の日本髪は吉例のようですが、ことしは、同じ日本髪でも、満艦飾ぶりが目だちました。日本服の晴着でも、いくらか度はずれの大盛装が少くなかったようです。あの混む省線で、押しあい、・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・ 奇麗に結った日本髪の堅くふくれた髷が白っとぼけた様な光線につめたく光って束髪に差す様な櫛が髷の上を越して見えて居た。 だまって先(ぐ後から軽く肩を抱えた。 急に振りっ返った京子は顔いっぱいに喜んで、「まあ来て下さったの・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
1、日本髪も束髪も実際的な立場から批評したら、共に一長一短をもっていると思います。出来上りの形、方法こそ異っても、おしゃれをする女性の心持は東西同じで手間をかけたら両方結局同じものでしょう、但し個性的であるだけ洋風が優って・・・ 宮本百合子 「日本髷か束髪か」
・・・大抵は日本髪にして居る。此処いらの人から見れば、随分はでに見える着物を着て、大股にスタスタ歩く私を、いつまでも見て居るのが気に障った。化粧品店には、あざやかな掛ける人もないリボンや新ダイヤの入った大きな櫛や髱止が娘達の心を引いて光って居る。・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫