・・・また彼の消息には「鏡の如く、もちひのやうな」日輪の譬喩が非常に多い。 彼の幼時の風貌を古伝記は、「容貌厳毅にして進退挺特」と書いている。利かぬ気の、がっしりした鬼童であったろう。そしてこの鬼童は幼時より学を好んだ。「予はかつしろしめ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・もやもやした霧の中から突然日輪でも出現したようにあまりにくっきりとそれだけが聞こえて、あとはまた元どおりぼやけてしまった。「イゴッソー」というのは郷里の方言で「狷介」とか「強情」とかを意味し、またそういう性情をもつ人をさしていう言葉であ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 朝顔の色を見て、それから金山から出る緑砂紺砂の色、銅板の表面の色などの事を綜合して「誠に青色は日輪の空気なる色なるを知る」などと帰納を試みたりしているのもちょっと面白かった。 新しもの好き、珍しいもの好きで、そしてそれを得るために・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・傾いた日輪をば眩しくもなく正面に見詰める事が出来る。この黄味の強い赤い夕陽の光に照りつけられて、見渡す人家、堀割、石垣、凡ての物の側面は、その角度を鋭く鮮明にしてはいたが、しかし日本の空気の是非なさは遠近を区別すべき些少の濃淡をもつけないの・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 稀薄な空気がみんみん鳴っていましたがそれは多分は白磁器の雲の向うをさびしく渡った日輪がもう高原の西を劃る黒い尖々の山稜の向うに落ちて薄明が来たためにそんなに軋んでいたのだろうとおもいます。 私は魚のようにあえぎながら何べんもあたり・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・多くのインテリゲンチアが、自分たちはこれでいいのだと自身にいいきかせつつ、自身の思考力を疑ったり、その思考生活を狐疑したりしている間に立って、横光は処女作「日輪」にもすでにうかがえる生活力の強引さで、自分の独断を強引に文学の中に具体化しよう・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・けれ共、紅の日輪が全く山の影に、姿をかくした時、川面から、夕もやは立ちのぼって、うす紫の色に四辺をとざす間もなく、真黒に浮出す連山のはざまから黄金の月輪は団々と差しのぼるのである。この時、無窮と見えた雲の運動は止まって、踏むさえ惜しい黄金の・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫