・・・ 伝右衛門は、他人事とは思われないような容子で、昂然とこう云い放った。この分では、誰よりも彼自身が、その斬り捨ての任に当り兼ねない勢いである。これに煽動された吉田、原、早水、堀部などは、皆一種の興奮を感じたように、愈手ひどく、乱臣賊子を・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 藤井は昂然と眉を挙げた。「あれは先月の幾日だったかな? 何でも月曜か火曜だったがね。久しぶりに和田と顔を合せると、浅草へ行こうというじゃないか? 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。真っ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ 老紳士はこう云って、むしろ昂然と本間さんを一瞥した。本間さんがこれにも、「ははあ」と云う気のない返事で応じた事は、勿論である。すると相手は、嘲るような微笑をちらりと唇頭に浮べながら、今度は静な口ぶりで、わざとらしく問いかけた。「君・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・ 三右衛門は治修にこう問われると、昂然と浅黒い顔を起した。その目にはまた前にあった、不敵な赫きも宿っている。「それは打ち果さずには置かれませぬ。三右衛門は御家来ではございまする。とは云えまた侍でもございまする。数馬を気の毒に思いまし・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・…… 十分ばかり逡巡した後、彼は時計をポケットへ収め、ほとんど喧嘩を吹っかけるように昂然と粟野さんの机の側へ行った。粟野さんは今日も煙草の缶、灰皿、出席簿、万年糊などの整然と並んだ机の前に、パイプの煙を靡かせたまま、悠々とモリス・ルブラ・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ 彼は昂然として、こう云った。そうして、今まで彼につきまとっていた得体の知れない不安が、この沙汰を聞くと同時に、跡方なく消えてしまうのを意識した。今の彼の心にあるものは、修理に対するあからさまな憎しみである。もう修理は、彼にとって、主人・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 私は記者の顔をまともに見つめながら、昂然としてこう繰返した。 芥川竜之介 「沼地」
・・・私は昂然と頭を挙げて、まるで別人を見るようにあの小娘を注視した。小娘は何時かもう私の前の席に返って、相不変皸だらけの頬を萌黄色の毛糸の襟巻に埋めながら、大きな風呂敷包みを抱えた手に、しっかりと三等切符を握っている。………… 私はこの時始・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・だから自分は喝采しながら、聳かした肩越しに、昂然として校舎の入口を眺めやった。するとそこには依然として、我毛利先生が、まるで日の光を貪っている冬蠅か何かのように、じっと石段の上に佇みながら、一年生の無邪気な遊戯を、余念もなく独り見守っている・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・(昂然清水寺に来れる女の懺悔 ――その紺の水干を着た男は、わたしを手ごめにしてしまうと、縛られた夫を眺めながら、嘲るように笑いました。夫はどんなに無念だったでしょう。が、いくら身悶えをしても、体中にかかった縄目は、一層ひしひ・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
出典:青空文庫