・・・それから帰宿の途中、地下鉄の昇降器の中で卒倒したが、その時はすぐに回復した。 一九一九年五月十八日の日曜、例の通り教会へ行ったが気分が悪いと云って中途で帰宅し、午後中ソファで寝ていた。翌朝は臥床を離れる元気がなかった。五月二十七日と二十・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・にして自分は現代の政治家と交らなかったためまだ一度もあの貸座敷然たる松本楼に登る機会がなかったが、しかし交際と称する浮世の義理は自分にも炎天にフロックコオトをつけさせ帝国ホテルや精養軒や交詢社の階段を昇降させた。有楽座帝国劇場歌舞伎座などを・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分は玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。 運・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・女性の人格者としての価値は決して、同じ昇降器に乗合わせた男子に脱帽させる、その脱帽と云う形式で付けられるものではございません。 長い時間がいつか最初の動機の意味も純粋さも失わせて、只一度の形式と化した或礼儀などに固執して、其によって自己・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・だから人は見るだろう、一日の発行部数十数万の『イズヴェスチア』新聞社の正面昇降機の横にまでも、絵入り手書きの『イズヴェスチア』勤労者壁新聞は、いつもぶら下っているのを。 ――こんちは。 振かえりつつ見るとムイロフだ。白いゆるやか・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ オックスフォード広場で、勤帰りを待伏せる春婦が、ショー・ウィンドウのガラス面に自分の顔を、内部にこの商品を眺めつつぶらつき、やがて三十分もするとロンドン市中、あらゆる地下電車ステーションの昇降機とエスカレータアは黒い人間の粒々を密・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・牛の牢という名は、めぐりの石壁削りたるようにて、昇降いと難ければなり。ここに来るには、横に道を取りて、杉林を穿ち、迂廻して下ることなり。これより鳳山亭の登りみち、泉ある処に近き荼毘所の迹を見る。石を二行に積みて、其間の土を掘りて竈とし、その・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫