・・・短夜の明け方の夢よりもつかまえどころのない絵であると思った。そういう絵が院展に限らず日本画展覧会には通有である。一体日本画というものが本質的にそういうものなのか。つまり日本画というものはこいう展覧会などに陳列すべきものでないのかとも考えてみ・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・その後は明け方に穴からはい上がるたまの姿を見かける事もあった。 異常に発達したたまの食欲はいくぶんか減ってそれほどにがつがつしなくなって来た。気持ちの悪いほどふくれていた腹がそんなに目立たなくなって来るとやせた腰からあと足が妙に見すぼら・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ その明け方の空の下、ひるの鳥でもゆかない高いところをするどい霜のかけらが風に流されてサラサラサラサラ南のほうへとんでゆきました。 じつにそのかすかな音が丘の上の一本いちょうの木に聞こえるくらいすみきった明け方です。 いちょうの・・・ 宮沢賢治 「いちょうの実」
・・・そして明け方ふもとへ工作隊がつきますと、老技師はブドリを一人小屋に残して、きのう指さしたあの草地まで降りて行きました。みんなの声や、鉄の材料の触れ合う音は、下から風の吹き上げるときは、手にとるように聞こえました。ペンネン技師からはひっきりな・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・何か耳新しい一つ話か思い出話が出るかと思って、心臓に氷嚢をあてながらも寝ないで柱にもたれ、明け方までいろいろな人に混っていたのであったが、誰もそんな話を切り出すひとは誰もなかった。母が二十代の時分、生れたての私をつれて札幌へ父とともに行って・・・ 宮本百合子 「母」
・・・夜中に開くのもある。明け方に音がするというのは変な話だという。そういわれてみると、蓮の花が日光のささない時刻に、すなわち暗くて人に見えずまた人の見ない時刻に、開くのであるということ、そのために常人の判断に迷うような伝説が生じたのであるという・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫