・・・ すなわち真の詩人とは、自己を改善し自己の哲学を実行せんとするに政治家のごとき勇気を有し、自己の生活を統一するに実業家のごとき熱心を有し、そうしてつねに科学者のごとき明敏なる判断と野蛮人のごとき卒直なる態度をもって、自己の心に起りくる時・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・いかな明敏な人でも、君と僕だけ境遇が違っては、互いに心裏をくまなくあい解するなどいうことはついに不可能事であろうと思うのである。 むろん僕の心をもってしては、君の心裏がまたどうしてもわからぬのだ。君はいつかの手紙で、「わかるもわからぬも・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・が、不思議に新らしい傾向を直覚する明敏な頭を持っていて、魯文門下の「江東みどり」から「正直正太夫」となると忽ち逍遥博士と交を訂し、続いて露伴、鴎外、万年、醒雪、臨風、嶺雲、洒竹、一葉、孤蝶、秋骨と、絶えず向上して若い新らしい知識に接触するに・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・若い主婦はいかに明敏であろうとも、八百屋に足を運ぶ度数を減すことは出来なくなっている。 今日の若い世代の、よりよい結婚生活、家庭生活の願いは、一方で、ますます加わって来る困難な条件をはっきり見とおして、それらの困難にめげない人間の成長へ・・・ 宮本百合子 「家庭創造の情熱」
・・・――ああ、ああ、退屈は明敏な俺の呪咀まで腐らせそうだ!ヴィンダー 俺の大三叉が、恐ろしい鉄の轟きで天を震わせなくなってから、よい程時が経ったわ!ヴィンダーブラ、やがて、きっときき耳を立て、起き上る。ミーダ 何だ? 皆の足・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ そうして、仕事にかけては機敏で実際的で、明敏でさえあるアグネスが「再び反抗して立ち上って」結婚というものを否定しはじめると、これは又何と痴鈍に頑固に、非現実的に偏執的になるのであろう! この点では殆どすべての読者をおどろかすものがある・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・ 頭脳の明敏な愛嬌にほんのぽっちり面倒臭さを露わに示したうわてな親密さで、桃子は、「さ、あなたはどっちへ帰るの? きょうはあなたの護衛の騎士になってあげるわよ」「ありがとう。でもきょうはいいわ、五時に日比谷で原に会うの」「ハ・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・ 秀麿のこう思うのも無理は無い。明敏な父の子爵は秀麿がハルナックの事を書いた手紙を見て、それに対する返信を控えて置いた後に、寝られぬ夜などには度々宗教問題を頭の中で繰り返して見た。そして思えば思う程、この問題は手の附けられぬものだと云う・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫