・・・博士はマッチの火で、とろとろ辻占の紙を焙り、酔眼をかっと見ひらいて、注視しますと、はじめは、なんだか模様のようで、心もとなく思われましたが、そのうちに、だんだん明確に、古風な字体の、ひら仮名が、ありありと紙に現われました。読んでみます。・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・自分の才能について、明確な客観的把握を得た。自分の知識を粗末にしすぎていたということにも気づいた。こんな男を、いつまでも、ごろごろさせて置いては、もったいない、と冗談でなく、思いはじめた。生れて、はじめて、自愛という言葉の真意を知った。エゴ・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・更に明確にぶちまけるならば、この小品の原作者 HERBERT EULENBERG さん御自身こそ、作中の女房コンスタンチェさんの御亭主であったという恐るべき秘密の匂いを嗅ぎ出すことが出来るのであります。すれば、この作品の描写に於ける、(殊冷・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・自分の掌で、明確に知覚したものだけを書いて置きたかったのです。怒りも、悲しみも、地団駄踏んだ残念な思いも。私は、嘘を書かなかった。けれども、私は、此頃ちっとも書けなくなりました。おわかりでしょうか。無学であるという事が、だんだん致命傷のよう・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ しかし、今私がかりにパリへ行ってその屋根の下を流れ渡り、辻の艶歌師を聞いたり、酒場の一隅に陣取ったりしていると想像した場合に、私の眼前に登場する人物の話している言葉が一つ一つ明確に私にわかるかどうか。私がかりにはえ抜きのパリッ子であっ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ただ日常の言葉と違って一粒えりに選まれた、そうしてきわめて明確に定義された内容を持っている言葉である。そうしてまたそれらの言葉の「文法」もきわめて明確に限定されていて少しの曖昧をも許さない。それで、一つの命題を与えさえすれば、その次に来るべ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ ただ、一番始末のいい場合は、学問の本山であるところの西洋の第一流の大家達の統括の下に開拓され発達させられた一つの明確な区劃内に限られた部門の中で、かの地の誰やかれが既にかなりまでつつき廻した問題の一方面に若干の確実な貢献をしたというよ・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・昔の徳川時代の江戸町民は長い経験から割り出された賢明周到なる法令によって非常時に処すべき道を明確に指示され、そうしてこれに関する訓練を充分に積んでいたのであるが、西洋文明の輸入以来、市民は次第に赤ん坊同様になってしまったのである。考えるとお・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・だから uneasy と読んで、どちらの uneasy かと迷う間もなく、直 lies と云う字に接続するからして uneasy の意味は明確になってくる。するとまたこう非難する人が出るかも知れぬ。――lies にも両様がある。有形物につい・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・彼の心の中にどっしりと腰を下して、彼に明確な針路を示したものは、社会主義の理論と、信念とであった。「ああ、行きゃしないよ。坊やと一緒に行くんだからね。些も心配する事なんかないよ。ね、だから寝ん寝するの、いい子だからね」「吉田君、・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
出典:青空文庫