・・・この当時の状態をよむ人は計らず太宰治の生涯と文学とに対して、民主主義文学の陣営から、含蓄にとみながらその歴史性を明確にした批評が出ることの意外にすくなかったことを思い合わされはしないだろうか。 当時小説の神様のように眺められていた横光利・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・解放運動の全線にわたって、アナーキズムとコンムニズムとの区別が明確にされていない時代であった。プロレタリアートが、歴史の推進力となる階級であることは主張されていたが、進歩的な小市民・インテリゲンツィアが革命の道ゆきにどのような位置と使命とを・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・て物質的な葉子が、女の幸福、この世に於ける女の喜び、誇りの全部をかけて、ただ男とのいきさつの間にだけその解決を求めていたことに対して、それが葉子のみならず、現実に女の不幸の最大原因であることを、作者は明確に観察して描き出していない。経済的な・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ 民主的な検事局というならば、あらゆる場合、基本的な人権の劬り、事件関係に対する社会の現実に立ったリアルな科学的洞察、真の道義的責任のありどころを明確にすることがのぞまれて当然である。一つの行為に対する法的処罰が、道義上の判断と評価とに・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・もしもコンミニズム文学が、曾て用いた弁証法的考察を赦すならば、新感覚派文学はコンミニズム文学よりも、より以上に明確な弁証法的発展段階の上に、位置していると云うことをも認めなければならないであろう。何故なら、コンミニズム文学は、文学としての発・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・及び感性能力の貧弱な人々にまでも明確に了解させねばならぬそれほども、私は私自身の独断的表現を圧伏させ、文学入門的詳細な説明をしていることは、月評としては赦されない。だが、私は自分の指標とした感覚なるものについて今一度感覚入門的な独断論を課題・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・見る度に妻の顔は、明確なテンポをとって段階を描きながら、克明に死線の方へ近寄っていた。――山上の煉瓦の中から、不意に一群の看護婦たちが崩れ出した。「さようなら。」「さようなら。」「さようなら。」 退院者の後を追って、彼女たち・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・その内のいのちの強さと濃淡とは、たとえ明確にではなくとも、きわめて強烈に感ぜられたに相違ない。ことに右の場合のごとく、すべての芸術的効果と宗教的感化とが、ただ一点に、すなわち偶像の礼拝に集中している際には、その有頂天がいかに深く強いか、ほと・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・従って個性もまた明確に認識せられ得るはずのものではない。 個性は、たとえていえば人相のようなものである。一、二の特徴を捕えることは出来るが、微妙な線や表情になると到底詳しく説明することは出来ない。しかも詳しく見れば見るほど他とは異なって・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・彼はこの感受性に強いロシア人の性情を、きわめて明確につかんだ。彼の「魅かれたる者」を読む人は、ロシア人の心があたかも獲物をねらう鷲のごとくこの力をねらっているように感じるだろう。そうしてロシアにならば百のラスプウチンが現われても不思議はない・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫