・・・しばらくすると水上がまばゆく煌いてきて、両側の林、堤上の桜、あたかも雨後の春草のように鮮かに緑の光を放ってくる。橋の下では何ともいいようのない優しい水音がする。これは水が両岸に激して発するのでもなく、また浅瀬のような音でもない。たっぷりと水・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・底は一面の白砂に水紋落ちて綾をなし、両岸は緑野低く春草煙り、森林遠くこれを囲みたり。岸に一人の美わしき少女たたずみてこなたをながむる。そのまなざしは治子に肖てさらに気高く、手に持つ小枝をもて青年を招ぐさまはこなたに舟を寄せてわれと共に恋の泉・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・茶店の老婆子儂を見て慇懃に無恙を賀し且儂が春衣を美む店中有二客 能解江南語酒銭擲三緡 迎我譲榻去古駅三両家猫児妻を呼妻来らず呼雛籬外 籬外草満地雛飛欲越籬 籬高随三四春草路三叉中に捷径あり我を迎ふたんぽ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫