・・・廊下を抜けた茶の間にはいつか古い長火鉢の前に昼飯の支度も出来上っていた。のみならず母は次男の多加志に牛乳やトオストを養っていた。しかし僕は習慣上朝らしい気もちを持ったまま、人気のない台所へ顔を洗いに行った。 朝飯兼昼飯をすませた後、僕は・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・そして晩い昼飯をしたたか喰った。がらっと箸を措くと泥だらけなびしょぬれな着物のままでまたぶらりと小屋を出た。この村に這入りこんだ博徒らの張っていた賭場をさして彼の足はしょう事なしに向いて行った。 よくこれほどあるも・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 昼飯の支度は、この乳母どのに誂えて、それから浴室へ下りて一浴した。……成程、屋の内は大普請らしい。大工左官がそちこちを、真昼間の夜討のように働く。……ちょうな、鋸、鉄鎚の賑かな音。――また遠く離れて、トントントントンと俎を打つのが、ひ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 僕が昼飯を喰っている時、吉弥は僕のところへやって来て、飯の給仕をしてくれながら太い指にきらめいている宝石入りの指輪を嬉しそうにいじくっていた。「どうしたんだ?」僕はいぶかった。「人質に取ってやったの」「おッ母さんの手紙がば・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・校内の食堂はむろん、あちこちの飯屋でも随分昼飯代を借りていて、いわばけっして人に金を貸すべき状態ではなかった。それをそんな風に金貸したろかと言いふらし、また、頼まれると、めったにいやとはいわず、即座によっしゃと安請合いするのは、たぶん底抜け・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ ――昼飯を済まして、自分は外出けようとするところへ母が来た。母が来たら自分の帰るまで待って貰う筈にして置いたところへ。 色の浅黒い、眼に剣のある、一見して一癖あるべき面魂というのが母の人相。背は自分と異ってすらりと高い方。言葉に力・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ですからこれまでも、田口の者が六蔵はどこへ行ったかと心配していると、昼飯を食ったまま出て日の暮れ方になって、城山の崖から田口の奥庭にひょっくり飛びおりて帰って来るのだそうです。木拾いの娘が六蔵の姿を見て逃げ出したのは、きっとこれまで幾度とな・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・と、彼女は、昼飯の時に、源作に訊ねた。「いゝや。俺は何も云いやせんぜ。」と源作はむし/\した調子で答えた。「そう。……けど、早や皆な知って了うとら。」「ふむ。」と、源作は考えこんだ。 源作は、十六歳で父親に死なれ、それ以後一・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・ 清吉は眼をつむって、眠むった振りをしていた。妻は、風呂敷包を片隅に置いて外へ出た。 昼飯に、子供をつれて彼女は帰って来た。「お母あ、どんなん買って来たん?」 子供は、母にざれつきながら、買ったものを見るのを急いだ。「こ・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・精米所の汽笛で、やっと、人間にかえったような気がした。昼飯を食いにかえった。昼から、また晩の七時頃まで働くのだ。 トシエは、座敷に、蝿よけに、蚊帳を吊って、その中に寝ていた。読みさしの新しい雑誌が頭のさきに放り出されてあった。飯の用意は・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
出典:青空文庫