・・・三本木もゆめ路にすぎて、五戸にて昼飯す。この辺牛馬殊に多し。名物なれど喰うこともならず、みやげにもならず、うれしからぬものなりと思いながら、三の戸まで何ほどの里程かと問いしに、三里と答えければ、いでや一走りといきせき立て進むに、峠一つありて・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・広い板敷の台所があって、店のものに食わせる昼飯の支度がしかけてある。番頭や小僧の茶碗、箸なぞも食卓の上に既に置き並べてある。そこは小竹とした暖簾のかかっていた店の奥だ。お三輪は女中を相手に、その台所で働いていた。そこへ地震だ。やがて火だ。当・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ こういう話をしているうちに、相川は着物を着更えた。やがて二人の友達は一緒に飯田町の宿を出た。 昼飯は相川が奢った。その日は日比谷公園を散歩しながら久し振でゆっくり話そう、ということに定めて、街鉄の電車で市区改正中の町々を通り過ぎた・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・出かける時間の都合もあったので、私は昼飯をいつもより早く済ました上で、と思った。「末ちゃん、羽織でも着かえればそれでたくさんなんだよ。きょうは用達に行くんだからね。」「じゃ、わたしは袴にしましょう。」 私と末子とがしたくをしてい・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・びつけ、私の絵本の観兵式の何百人となくうようよしている兵隊、馬に乗っている者もあり、旗持っている者もあり、銃担っている者もあり、そのひとりひとりの兵隊の形を鋏でもって切り抜かせ、不器用なお慶は、朝から昼飯も食わず日暮頃までかかって、やっと三・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・その頃の事だが、或る日、昼飯後の休憩時間に、僕は療養所の門のところに立ってぼんやり往来を眺めていた。日でり雨というのか、お天気がよいのに、こまかく金色に光る雨が時々ぱらぱらと降って来る。燕が、道路に腹がすれすれになるくらいに低く飛んで飛び去・・・ 太宰治 「雀」
・・・同じ道を引返して帝国ホテルで昼飯を食ってから、今度は田代池というのを見に行った。赤あかさびの浮いた水には妙に無気味な感覚があって、どこかの草むらから錦の色をした蛇でも這出しそうな気がした。こうしたじめじめした池沼のほとりの雰囲気はいつも自分・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ 宅へ帰って昼飯を食いながら、今日のアドヴェンチュアーを家人に話したが、誰も一向何とも云ってくれなかった。 庭に下りて咲きおくれた金蓮花とコスモスを摘んだ。それをさっき買った来た白釉の瓶に投げ込んで眺めているといい気持になった。・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・河畔の営舎の昼飯後の場面が、どこかのどかでものうげで、そうして日光がまぶしいといったような気持ちをだしている。そこにかえって「裏側から見た戦争」というものがわりによく出ているようである。こういう所のおもしろみはやはり映画にのみ可能なものであ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・病院に着いて、二階の一室に案内せられ、院長の診察を受けたりしていると、間もなく昼飯時になった。父は病院の食物を口にしたくなかったためであろう。わたくしをつれて城内の梅園に昼飯を食べに出掛けた。その頃、小田原の城跡には石垣や堀がそのまま残って・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
出典:青空文庫