・・・けれども、作者の愛着は、また自ら別のものらしく、私は時折、その甘ったるい創作集を、こっそり机上に開いて読んでいる事もあるのである。その創作集の中でも、最も軽薄で、しかも一ばん作者に愛されている作品は、すなわち、冒頭に於いて述べた入江新之助氏・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
○ 東葛飾の草深いあたりに仮住いしてから、風のたよりに時折東京の事を耳にすることもあるようになった。 わたくしの知っていた人たちの中で兵火のために命を失ったものは大抵浅草の町中に住み公園の興行もの・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・住み憂き土地にはあれどわれ時折東京をよしと思うは偶然かかる佳景に接する事あるがためなり。 巴里にては夏のさかりに夕立なし。晩春五月の頃麗都の児女豪奢を競ってロンシャンの賽馬に赴く時、驟雨濺来って紅囲粉陣更に一段の雑沓を来すさま、巧にゾラ・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・ 文学的趣味を豊かに蔵され、時折作品なども発表される夫人は、全然未知の方ながら、自分の心持に於て同じ方向を感じずにはおられません。 お年も未だ若く御良人に対する深い敬慕や、生活に対しての意志が、とにかく、文字を透して知られているだけ・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・夏の休暇に母が子達をつれて来たり、時折斯うやって私が祖母の伴で来たりする外は。 今度は少し長逗留なので、私はこれ迄一向注意を払わなかった亡祖父の蔵書を見る気になった。良いもの、纏ったものは皆東京にうつされ此方に遺っているのは、ちぐはぐな・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・働いて行くということは避け難いことであり、その必要も意味もわかっているのに、時折働いている若い女の心を襲う何か空虚に似た感じ、これでいいのかしらと思う心持は、一体どこから来るのか。 若い妻の或る時の感情にも、これに似た陰翳の通りすぎるこ・・・ 宮本百合子 「私たちの社会生物学」
出典:青空文庫