・・・さてその事実を極端まで辿って行くと、いっさい万事自分の生活に関した事は衣食住ともいかなる方面にせよ人のお蔭を被らないで、自分だけで用を弁じておった時期があり得るという推測になる。人間がたった一人で世の中に存在しているということは、ほとんど想・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・四高では私にも将来の専門を決定すべき時期が来た。そして多くの青年が迷う如く私もこの問題に迷うた。特に数学に入るか哲学に入るかは、私には決し難い問題であった。尊敬していた或先生からは、数学に入るように勧められた。哲学には論理的能力のみならず、・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・ 西洋の詩人や文学者に、あれほど広く大きな影響をあたへたニイチェが、日本ではただ一人、それも死前の僅かな時期に於ける一小説家だけに影響をあたへたといふことは、まことに特殊な不思議の現象と言はねばならない。そのくせニイチェの名前だけは、日・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・人生は無意味だとは感じながらも、俺のやってる事は偽だ、何か光明の来る時期がありそうだとも思う。要するに無茶さ。だから悪い事をしては苦悶する。……為は為ても極端にまでやる事も出来ずに迷ってる。 そこでかれこれする間に、ごく下等な女に出会っ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・俳句界二百年間元禄と天明とを最盛の時期とす。元禄の盛運は芭蕉を中心として成りしもの、蕪村の天明におけるは芭蕉の元禄におけるがごとくならざりしといえども、天明の隆盛を来たせしものその力最も多きにおる。天明の余勢は寛政、文化に及んで漸次に衰え、・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ この時期の評論が、どのように当時の世界革命文学の理論の段階を反映し、日本の独自な潰走の情熱とたたかっているかということについての研究は、極めて精密にされる必要がある。そして、当時のプロレタリヤ文学運動の解釈に加えられた歪曲が正される必・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・しかしそれに就いて倅と往復を重ねた所で、自分の満足するだけの解決が出来そうにもなく、倅の帰って来る時期も近づいているので、それまで待っても好いと思って、返信は別に宗教問題なんぞに立ち入らずに、只委細承知した、どうぞなるべく穏健な思想を養って・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・女と云うものはある時期の来るまで、男の方のなさる事をじっとして見ていて、その時期が来ると、突然そう思いますの。「もうこうなれば、これから先はこの人のするままになるより外無い」と思いますの。男。そしてあの時そう思いなすったのですか。貴・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・と同時に、彼女にとっては、魚は彼女の苦痛な時期をより縮めんとしている情ある医師でもあった。彼には、あの砲弾のような鮪の鈍重な羅列が、急に無意味な意味を含めながら、黒々と沈黙しているように見えてならなかった。 十 ・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・書いた時期は慶長の末ごろ、十七世紀の初めと推定せられている。 この書を通読すれば、おそらく誰の目にも性質の異なる部分が識別せられるであろうと思う。は高坂弾正の立場で物を言っている部分である。は信玄一代記と山本勘助伝とのからみ合わせで、勘・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫