・・・孟宗竹の生茂った藪の奥に晩秋の夕陽の烈しくさし込み、小鳥の声の何やら物急しく聞きなされる薄暮の心持は、何に譬えよう。 深夜天井裏を鼠の走り廻るおそろしい物音に驚かされ、立って窓の戸を明けると、外は昼のような月夜で、庭の上には樹の影が濃く・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・さながら晩秋に異らぬ烈しい夕栄の空の下、一望際限なく、唯黄いろく枯れ果てた草と蘆とのひろがりを眺めていると、何か知ら異様なる感覚の刺戟を受け、一歩一歩夜の進み来るにもかかわらず、堤の上を歩みつづけた。そして遥か河下の彼方に、葛西橋の燈影のち・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・其同勢のうちにお石は必ず居たのである。晩秋の収穫季になると何処でも村の社の祭をする。土地ではそれをマチといって居る。マチは村落によって日が違った。瞽女はぐるぐるとマチを求めて村々をめぐる。太十の目には田の畔から垣根から庭からそうして柿の木に・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ 十月にはいると、モスクは晩秋だ。 並木道がすっかり黄色くなり、深く重りあった黄色い秋の木の葉のむこうに、それより更に黄色く塗られたロシア風の建物の前面が見える。よく驟雨が降った。並木道には水たまりが出来る。すぐあがった雨のあとは爽・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ 桜が咲きかけて居るのに、晩秋の様な日光を見て居ると、何となくじめじめした沈んだ気になる。 暖かなので開け放した部屋が急にガランとして見えて、母が居ない家中は、どことなし気が落ちつかない。火がないので、真黒にむさくるしいストーブを見・・・ 宮本百合子 「草の根元」
・・・ 銃後の婦人に求められている緊張、活動とその性質と、これらの消耗品との性質を対比したとき、私たち女の胸に快き納得を実感することはいささかむずかしいのである。晩秋に芳しいさんまを、豆にかえて、戦場の人々を偲びながら子供らに食べさせる物価騰・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・暖かい晩秋の日光が砂丘をぬくめているところへ、一列に並んで腰をおろしていた従弟たちの一人が、やがて急に何を思いついたのか、一寸中学の制帽をかぶり直すとピーッと一声つんざくような口笛を鳴らして、体を横倒しにすると、その砂丘の急な斜面をころころ・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・――ヴィクトリアの秋―― これは、半熱帯の永劫冬にならない晩秋だ。夕暮、サラサラした砂漠の砂は黄色い。鳥や獣の足跡も其上になく、地平線に、黒紫の孤立したテイブル・ランドの陰気な輪廓が見える。低い、影の蹲ったようないら草の彼方此方・・・ 宮本百合子 「翔び去る印象」
・・・東京に居て、越す冬は、今此処で会う晩秋位ほか、寒さも、淋しさも、感じはしない。いくら寒いと云っても道をあるけば家屋は立ちならんで、往来もはげしいし、家の中の燈だの、火だのが外まで明らかに美くしい輝を見せて居る。 冬の淋しさ、それは斯んな・・・ 宮本百合子 「農村」
十一月十九日 North Carolina と South Carolina との間を通る。 砂の多い、白く光る地面には、粗毛のような薄茶色の草が一杯に生えて、晩秋の日を吸いながら輝く色々の樹木の間には、San・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
出典:青空文庫