犬養君の作品は大抵読んでいるつもりである。その又僕の読んだ作品は何れも手を抜いたところはない。どれも皆丹念に出来上っている。若し欠点を挙げるとすれば余り丹念すぎる為に暗示する力を欠き易い事であろう。 それから又犬養君の・・・ 芥川竜之介 「犬養君に就いて」
・・・それが米屋の店だと云う事は、一隅に積まれた米俵が、わずかに暗示を与えていた。そこへ前垂掛けの米屋の主人が、「お鍋や、お鍋や」と手を打ちながら、彼自身よりも背の高い、銀杏返しの下女を呼び出して来た。それから、――筋は話すにも足りない、一場の俄・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・労働者はこの覚悟に或る魔術的暗示を受けていた。しかしながらこの迷信からの解放は今成就されんとしつつあるように見える。 労働者は人間の生活の改造が、生活に根ざしを持った実行の外でしかないことを知りはじめた。その生活といい、実行といい、それ・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・の一月号に書いた表現主義の芸術に対する感想の方が暗示の点からいうと、あるいは少し立ち勝っていはしないかと思っている。 とにかく片山氏の論文も親切なものだと思ってその時は読んだが、それについて何か書いてみようとすると、僕のいわんとするとこ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 私は熟と視て、――長野泊りで、明日は木曾へ廻ろうと思う、たまさかのこの旅行に、不思議な暗示を与えられたような気がして、なぜか、変な、擽ったい心地がした。 しかも、その中から、怪しげな、不気味な、凄いような、恥かしいような、また謎の・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・出て、押えて、手で取りゃ可愛いし、足で取りゃ可愛いし、杓子ですくうて、線香で担って、燈心で括って、仏様のうしろで、一切食や、うまし、二切食や、うまし…… 紀州の毬唄で、隠微な残虐の暗示がある。むかし、熊野詣の山道に行暮れ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・といいながらも一種の暗示を与えられてこれを迎えずにはいられなくなってしまった。坪内君の威力はエライものだ。これが時勢であろうけれども、この時代の汐先きを早くも看取して、西へ東へと文壇を指導して徐ろに彼岸に達せしめる坪内君の力量、この力量に伴・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・たゞ単的に古い文化を破壊し、来るべき新文化の曙光を暗示するもののみが、最も新鮮なる詩となって感ぜられる。 私たちが少くとも生活に対して愛を感じている人達が、何か感激を感ずる場合には、いつでも其の中には詩が含まれている。 詩は文字の上・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・ 本当の芸術は現在の生活から飛躍した生活を暗示するものでなくてはならない。卑近な眼界からヨリ遠い人間生活の視野を望ましめるものでなくてはならぬ。此の力を欠いているものは謂わゆる現実性を欠いた芸術である。現実性のある文芸のみが、民衆の文芸・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・ と云うことをちゃんと暗示して了うんだからね、つまり相手の精神に縄を打ってあるんだからな、これ程確かなことはない」「フム、そんなものかねえ」 彼は感心したように首肯いて警部の話を聞いていたが、だん/\と、この男がやはり、自分のことを・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫