・・・そうして、葬儀場は時として高官の人が盛装の胸を反らす晴れの舞台となり、あるいは淑女の虚栄の暗闘のアレナとなる。今北海の町に来て計らずこのつつましやかな葬礼を見て、人世の夕暮れにふさわしい昔ながらの行事のさびしおりを味わうことが出来たような気・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・陽子は、世界が違う気楽な若者と暗闘する岡本の気持がわかるような気がした。 彼等は皆で海岸へ出た。海浜ホテルの前あたりには大分人影があるが、川から此方はからりとしていた。陽炎で広い浜辺が短くゆれている……。川ふちを、一匹黒い犬が嗅ぎ嗅ぎや・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 勿論この間には、多少生活感情上の暗闘がなかった訳ではありませんが、彼女は、稀な美貌と事務的敏腕を兼備し、その上、著名な良人を持ち、ロンドンでも数少ない程、調ったよき家庭の主婦であると云う素晴らしい調和で有名な一人の女性となりました。・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
出典:青空文庫