・・・どんな国にもときには暗黒が臨みます。そのとき、これに打ち勝つことのできる民が、その民が永久に栄ゆるのであります。あたかも疾病の襲うところとなりて人の健康がわかると同然であります。平常のときには弱い人も強い人と違いません。疾病に罹って弱い人は・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・又或るものは洗礼を受くべき暗黒轟々として刻々に破壊に対して居るという事実、此にも人生の誠の悲しい叫びがあると思う。 更に最後に言って置くべきは、此の極遂に死を讃美する、そして此れを希うという事が出来るのが当然である。けれども此の死を讃美・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
・・・知識も、また何の役にも立たないばかりか、反対に、ます/\生活を虚偽、暗黒に陥らしむばかりである。みんなの頭に、何が正しいか、何が善であるかということが分らないまでは、社会は、ます/\堕落するでありましょう。そして、人間のすべてが曾ては持って・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
・・・しかもその一方は理想の光に輝かされ、もう一方は暗黒の絶望を背負っていた。そしてそれらは私がはっきりと見ようとする途端一つに重なって、またもとの退屈な現実に帰ってしまうのだった。 筧は雨がしばらく降らないと水が涸れてしまう。また私の耳も日・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・両手にかこまれて、顔で蓋をされた、敷布の上の暗黒のなかに、そう言えばたくさんの牛や馬の姿が想像されるのだった。――彼は今そんなことはほんとうに可能だという気がした。 田園、平野、市街、市場、劇場。船着場や海。そう言った広大な、人や車馬や・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・朝鮮銀行がやっていた、暗黒相場のルーブル売買が禁止されたのが明らかになった。密輸入者が国外へ持ちだしたルーブル紙幣を金貨に換える換え場がなくなったのだ。 日本のブル新聞は、鮮銀と、漁業会社に肩を持って、ぎょうぎょうしげに問題を取り上げて・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・そこは、巨大な暗黒な洞窟が出来て来た。又、坑夫が増員された。圧搾空気を送って来る鉄管はつぎ足された。まもなく畳八畳敷き位の広さになった。 それから十六畳敷き、二十畳敷きと、鑿岩機で孔を穿ち、ダイナマイトをかけるに従って洞窟は拡がって来た・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・「いや、貴族は暗黒をいとうものだ、元来が臆病なんだからね。暗いと、こわくて駄目なんだ。蝋燭が無いかね。蝋燭をつけてくれたら、飲んでもいい。」 キクちゃんは黙って起きた。 そうして、蝋燭に火が点ぜられた。私は、ほっとした。もうこれ・・・ 太宰治 「朝」
・・・あのころは、おしゃれの暗黒時代と言えましょう。 その小都会から更に十里はなれた或る城下まちの高等学校にはいってからは、少年のお洒落も、のびのびと発展いたしました。発展しすぎて、やはり珍妙なものになりました。マントを三種類つくりました。一・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・そうして最も純潔な尼僧の生活から、一朝つまらぬ悪漢に欺かれて最も悲惨な暗黒の生涯に転落する、というような実験を、忠実に行なった作品があるとする。それを読む読者は、彼女の中に不変なエネルギーのようなあるものが、環境に応じて種々ちがった相を現わ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫