・・・ さて、その日は暮れて、次の日になりました。お日さまの黄金色の光は、うしろの桃の木の影法師を三千寸も遠くまで投げ出し、空はまっ青にひかりましたが、誰もカイロ団に仕事を頼みに来ませんでした。そこでとのさまがえるはみんなを集めて云いました。・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・これらの作品は一九二七年の暮れ近くまでの間にかかれたものである。この選集第二巻は、秋の山歩きから帰って来たときの龍のようでもある。思いがけない歳月の落葉の下から拾われた栗のような「古き小画」があったりして。 一九四八年十一月〔一・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・ 日が暮れかかった。帰路につくべき時になった。かれは近隣のもの三人と同伴して、道すがら糸くずを拾った場所を示した。そして途中ただその不意の災難を語りつづけた。 その晩はブレオーテの村を駆けまわって、人ごとに一条を話したが、一人もかれ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・日がもう暮れかかったので、薄暗い屋内を見廻すに、がらんとして何一つない。道翹は身をかがめて石畳の上の虎の足跡を指さした。たまたま山風が窓の外を吹いて通って、うずたかい庭の落ち葉を捲き上げた。その音が寂寞を破ってざわざわと鳴ると、閭は髪の毛の・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・ 初め旅立をした大きい家に帰り着いた頃は、日が暮れてから大ぶ時間が立っていた。 ここにはもう万事知れている。門番が詰所から挨拶をすると、ツァウォツキイは間が悪いので、頭を下げて通った。それから黙って二階の役人の前へ届けに出た。役人は・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ その内に日は名残りなくほとんど暮れかかッて来て雲の色も薄暗く、野末もだんだんと霞んでしまうころ、変な雲が富士の裾へ腰を掛けて来た。原の広さ、天の大きさ、風の強さ、草の高さ、いずれも恐ろしいほどに苛めしくて、人家はどこかすこしも見えず、・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ 或る日の夕暮、彼は露台へ昇って暮れて行く下の海を見降しながら考えた。 ――今は、ただ俺は、妻の死を待っているだけなのだ。その暇な時間の中へ、俺はいったい、何を詰め込もうとしているのだろう。 彼には何も分らなかった。ただ彼は彼を・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・田植えの歌のなかにも、苗代ののこりくづして苗束をつくり急げり日の暮れぬとになどというのがある。田植えのころの活気立った農村の気持ちのみならず、稲の苗、田の水や泥、などの感触をまでまざまざと思い起こさせる。 こういう仕方で・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫