・・・はだいたい何事でも言葉では言い現わせないところにあり、メーターで測れないところにあるのが通例であるが、これらの映画の切り換えのリズムは一つ一つの相次ぐフィルム切片の駒数を数えて、その数字を適当に図示し曲線でも作ってみれば、それによってこの場・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ その他の曲にはなかなか複雑な仕組みのものもあったが、たとえば大小の弦楽器が多くは大小の曲線の曲線的運動で現わされ真鍮管楽器が短い直線の自身に直角な衝動的運動で現わされたり、太鼓の音が画面をいっさんに駆け抜ける扇形の放射線で現わされたり・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・その結果を図示してみるとそれらの角度の統計的分布は明瞭に典型的な誤差曲線を示している。三十五匹のうち九匹はだいたい東西に走る電線に対してその尻を南へ十度ひねって止まっている。この最大頻度の方向から左右へ各三十度の範囲内にあるものが十九匹であ・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・紙の左上から右辺の中ほどまで二条の並行曲線が引いてあるのが上野の麓を通る鉄道線路を示している。その線路の右端の下方、すなわち紙の右下隅に鶯横町の彎曲した道があって、その片側にいびつな長方形のかいてあるのがすなわち子規庵の所在を示すらしい。紙・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・石垣と松の繁りを頂いた高い土手が、出たり這入ったりして、その傾斜のやがて静かに水に接する処、日の光に照らされた岸の曲線は見渡すかぎり、驚くほど鮮かに強く引立って見えた。青く濁った水の面は鏡の如く両岸の土手を蔽う雑草をはじめ、柳の細い枝も一条・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・そればかりでなく、彼はまた曲線的なるゴチック式の建築が能くかの民族の性質を伝るように、この方形的なる霊廟の構造と濃厚なる彩色とは甚だよく東洋固有の寂しく、驕慢に、隔離した貴族思想を説明してくれる事を喜んだ。なおそれのみに止まらず、紅雨は門と・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・その高低を線で示せば平たい直線では無理なので、やはり幾分か勾配のついた弧線すなわち弓形の曲線で示さなければならなくなる。こんなに説明するとかえって込み入ってむずかしくなるかも知れませんが、学者は分った事を分りにくく言うもので、素人は分らない・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・希臘風の鼻と、珠を溶いたようにうるわしい目と、真白な頸筋を形づくる曲線のうねりとが少からず余の心を動かした。小供は女を見上げて「鴉が、鴉が」と珍らしそうに云う。それから「鴉が寒むそうだから、麺麭をやりたい」とねだる。女は静かに「あの鴉は何に・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ 監獄には曲線がない。煉瓦! 獄舎! 監守の顔! 塀! 窓! 窓によって限られた四角な空! 夜になると浅い眠りに、捕縛される時の夢を見る。眠りが覚めると、監獄の中に寝てるくせに、――まあよかった――と思う。引っ張られる時より引っ張ら・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・文章は、どうだろう。それはすべて奴隷の言葉、奴隷の表現でかかれなければならなかった。文章は曲線的で、暗示的で、常に半分しか表現していない。文章の身ぶりで主題のありどころをさとらそうと努力されている。そういう表現が強いられていたころ、もと書い・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
出典:青空文庫