・・・姉のりよは始終黙って人の話を聞いていたが、願書に自分の名を書き入れて貰うことだけは、きっと居直って要求した。りよは十人並の容貌で、筋肉の引き締まった小女である。未亡人は頭痛持でこんな席へは稀にしか出て来ぬが、出て来ると、若し返討などに逢いは・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・その裏に太田正雄さん、文壇での通名木下杢太郎さんがこの本の装釘をして下すったと云うことわりがきがドイツ文で書き入れてあるが、あれも文芸委員会の文句を入れるに極まってから、その紙の裏が白くなるので、それを避けるために、思い立って入れた。それは・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・ 役人は罫を引いた大きい紙を前に拡げて、その欄の中になんだか書き入れていたが、そのまま顔を挙げずに、「名前は」と云った。「アンドレアス・ツァウォツキイです。」「何歳になる。」「三十二になります。」「生れは。」 ツァウ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫