・・・かつ、僕がやがて新らしい脚本を書き出し、それを舞台にのぼす時が来たら、俳優の――ことに女優の――二、三名は少くとも抱えておく必要があるので、その手はじめになるのだということをつけ加えた。「そりゃア御もっともです」と、お袋は相槌を打って、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・という眼におそれを成して、可能性の文学という大問題について、処女の如く書き出していると、雲をつくような大男の酔漢がこの部屋に乱入して、実はいま闇の女に追われて進退谷まっているんだ、あの女はばかなやつだよ、おれをつかまえて離さないんだ、清姫み・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ これまで新吉は書き出しの文章に苦しむことはあっても、結末のつけ方に行き詰るようなことは殆どなかった。新吉の小説はいつもちゃんと落ちがついていた。書き出しの一行が出来た途端に、頭の中では落ちが出来ていた。いや結末の落ちが泛ばぬうちは、書・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・そして、あわて者を主人公にした小説を書き出した。 織田作之助 「経験派」
・・・というような書き出しの文章で、小説をはじめたりしない。「日本三文オペラ」や「市井事」や「銀座八丁」の逞しい描写を喜ぶ読者は、「弥生さん」には失望したであろう。私もそのような意味では失望した。しかし、読者の度胆を抜くような、そして抜く手も見せ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
はしがき 武田さんのことを書く。 ――というこの書出しは、実は武田さんの真似である。 武田さんは外地より帰って間もなく「弥生さん」という題の小説を書いた。その小説の書出しの一行を読んだ時私はどきんと・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・机の上の用紙には、(千日前の大阪劇場の楽屋の裏の溝 と、書出しの九行が書かれているだけで、あと続けられずに放ってあるのは、その文章に「の」という助辞の多すぎるのが気になっているだけではなかった。その事件を中心に昭和十年頃の千日前の風・・・ 織田作之助 「世相」
・・・きちんと履物をそろえて書斎の中に端坐し、さて机の上の塵を払ってから、書き出したような作品に、もはや何の魅力があろう。 これまで、日本の文学は、俳句的な写実と、短歌的な抒情より一歩も出なかった。つまりは、もののあわれだ。「ファビアン」や「・・・ 織田作之助 「土足のままの文学」
・・・題を決めるのに一日、構想を考えるのに一日、たのまれてから書き出すまでに二日しか費さなかったぐらいだから、安易な態度ではじめたのだが、八九回書き出してから、文化部長から、通俗小説に持って行こうとする調子が見えるのはいかん、調子を下すなと言われ・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・みんな、書き出しが、うまい。書き出しの巧いというのは、その作者の「親切」であります。また、そんな親切な作者の作品ばかり選んで飜訳したのは、訳者、鴎外の親切であります。鴎外自身の小説だって、みんな書き出しが巧いですものね。すらすら読みいいよう・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫