・・・子は初め漢文を修め、そのまさに帝国大学に入ろうとした年、病を得て学業を廃したが、数年の後、明治三十五、六年頃から学生の受験案内や講義録などを出版する書店に雇われ、二十円足らずの給料を得て、十年一日の如く出版物の校正をしていたのである。俳句の・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・ 新奇なこともない新聞を読み乍ら食事を終った処へ或書店から人が見えた。 髪をちょっと丸めたままの姿で、客間に行って見ると髪を長くのばし、張った肩に銘仙の羽織を着た青年が後を見せて立って居る。 初対面の挨拶をし、自分は「どうぞ・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・さし入れ、その他の世話は、娘さんの稚い心くばりを、東京市内の某書店につとめていた或る人が扶けて、行っているという話をきいた。三木氏の義理の兄弟で帝大農学部教授がある。どうして、その人が、小さい娘一人をかばって世話をひきうけられないのだろう。・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
・・・楠書店はまだはっきりしたことがわからないので、明日でもまた電話してみます。 この間手紙で申しあげたように、ああちゃんの入院を機会に注射をやめようと思ったので、目白の先生に細かく相談しましたところ、それでよいだろうし、薬も整理してメタボリ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・を出版しようという書店が一つもなかった。藤村は一家離散を敢てして、その作品を自費出版した。ここには、作家藤村の独特な生活力の粘りつよさが現れているばかりでなく、今日の私たちの胸をも引き緊める作家としての気魄が感じられる。だが、当時、何かの賞・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・彼女の書店で、若しか一人若い筆の立つ女を助手として入用ではないだろうか。彼女自身役に立てる道はなくても、同じ仕事の他の方面を分担している人々が、万一需めているかもしれない。――「ああ、それが好い、あなた××の古い出の方で×夫人という方―・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
二ヵ月ばかり前の或る日、神田の大書店の新刊書台のあたりを歩いていたら、ふと「学生の生態」という本が眼に映った。おや、生態ばやりで、こんなジャーナリスティックな模倣があらわれていると半ば苦笑の心持もあってその本を手にとってみ・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・一、小山書店が、「チャタレー夫人の恋人」につけた読書調査のアンケートは、こんにち小山書店が、この本の文学性を強調して、たたかうについて、果してふさわしく且つ有効なクレイムをもつものでしょうか。「この作品は発表にあたり全世界の・・・ 宮本百合子 「「チャタレー夫人の恋人」の起訴につよく抗議する」
一 情報局、出版会という役所が、どんどん良い本を追っぱらって、悪書を天下に氾濫させた時代があった。日配が、それらのくだらない本を、束にして、配給して各書店の空虚な棚を埋めさせた。今から三年ばかり前・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・それは、明治二十何年という時代、三宅花圃、田沢稲舟などという婦人が、短篇小説を当時の文芸倶楽部にのせた時、出版書店は御礼として半衿一かけずつを呈上したということである。 現在、壮年になっている作家たちが、他の職業にたずさわる同年輩の男の・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
出典:青空文庫