・・・書物も和書の本箱のほかに、洋書の書棚も並べてある。おまけに華奢な机の側には、三味線も時々は出してあるんだ。その上そこにいる若槻自身も、どこか当世の浮世絵じみた、通人らしいなりをしている。昨日も妙な着物を着ているから、それは何だねと訊いて見る・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・大川に臨んだ仏蘭西窓、縁に金を入れた白い天井、赤いモロッコ皮の椅子や長椅子、壁に懸かっているナポレオン一世の肖像画、彫刻のある黒檀の大きな書棚、鏡のついた大理石の煖炉、それからその上に載っている父親の遺愛の松の盆栽――すべてがある古い新しさ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・その上主人が風流なのか、支那の書棚だの蘭の鉢だの、煎茶家めいた装飾があるのも、居心の好い空気をつくっていた。 玄象道人は頭を剃った、恰幅の好い老人だった。が、金歯を嵌めていたり、巻煙草をすぱすぱやる所は、一向道人らしくもない、下品な風采・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・粟野さんは彼の机の向うに、――と云っても二人の机を隔てた、殺風景な書棚の向うに全然姿を隠している。しかし薄蒼いパイプの煙は粟野さんの存在を証明するように、白壁を背にした空間の中へ時々かすかに立ち昇っている。窓の外の風景もやはり静かさには変り・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ 自分はその後まもなく、秋の夜の電灯の下で、書棚のすみから樗牛全集をひっぱり出した。五冊そろえて買った本が、今はたった二冊しかない。あとはおおかた売り飛ばすか、借しなくすかしてしまったのであろう。が、幸いその二冊のうちには、あの「わが袖・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・僕はこの本屋の店へはいり、ぼんやりと何段かの書棚を見上げた。それから「希臘神話」と云う一冊の本へ目を通すことにした。黄いろい表紙をした「希臘神話」は子供の為に書かれたものらしかった。けれども偶然僕の読んだ一行は忽ち僕を打ちのめした。「一・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・北向きの窓の前にある机と、その前にある輪転椅子と、そうしてそれらを囲んでいる書棚とには、勿論何の変化もございません。しかし、こちらに横をむけて、その机の側に立っていた女と、輪転椅子に腰をかけていた男とは、一体誰だったでございましょう。閣下、・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・ ミスラ君の部屋は質素な西洋間で、まん中にテエブルが一つ、壁側に手ごろな書棚が一つ、それから窓の前に机が一つ――ほかにはただ我々の腰をかける、椅子が並んでいるだけです。しかもその椅子や机が、みんな古ぼけた物ばかりで、縁へ赤く花模様を織り・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・ 僕の書斎兼寝室にはいると、書棚に多く立ち並んでいる金文字、銀文字の書冊が、一つ一つにその作者や主人公の姿になって現われて来て、入れ代り、立ち代り、僕を責めたりあざけったり、讃めそやしたりする。その数のうちには、トルストイのような自髯の・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・と訊くと、「何かの時には役に立つさ、」といった。「何でも書物は一生の中に一度役に立てばそれで沢山だ。そういう意味で学術的に貴いものなら何でも集めて置く、」と書棚の中から気象学会や地震学会の報告書を出して見せた。こういうものまでも一と通りは眼・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
出典:青空文庫