・・・これは大変な荷物だなと思って板の間に並べてある本と、煖炉の上にある本と、机の上にある本と、書棚にある本を見廻した。せんだって「ロッチ」から古本の目録をよこした「ドッズレー」の「コレクション」がある。七十円は高いが欲い。それに製本が皮だからな・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・図書館へは学生のうちだけゆくものという先入観が変えられるように、国民の書棚として活きた機能をもつようになったらいいと思う。 その為には、せめて東京には医学、文学、美術、科学等の専門図書館が欲しいと思う。美術学校に公開の美術図書館があり、・・・ 宮本百合子 「実際に役立つ国民の書棚として図書館の改良」
・・・広い弓形の窓をとり、勿論洋風で、周囲にがっしりした木組みの書棚。壁は暗緑色の壁紙、天井壁の上部は純白、入口は小さくし、一歩其中に踏入ると、静かな光線や、落付いた家具の感じが、すっかり心を鎮め、大きく広い机の上の原稿紙が、自ら心を牽きつけ招く・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・という字をじっと見ていると、学生というものが現実その書棚のまわりにも群がって埃と膏と若さの匂いをふりまいている様々の心と体との生々しい人間たちではなくて、その本の著者の心情からスーと遠のいて自然科学的な観察の対象と化された半透明な、自発的な・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・同じようにして待つ間を、そこの右手にある新刊書棚など眺めている。ふと見るとその棚に、「新女大学」という一冊の本がある。著者は菊池寛。経済年鑑のようなものを借りに来ている和服の若い女のひとも、洋装で、ドイツ語の医学書を借りているひとも、そのほ・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
・・・手近な文学作品の書棚で私たちの見出すのは何だろう。 シェークスピア全集は随分流布した。「ハムレット」のオフェリヤ。「マクベス」のマクベス夫人。「ベニスの商人」のポーシャ。「リア王」の三人の娘たち。「オセロ」のデスデモーナ。色とりどりの可・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・ 食事をしまって帰った時は、明方に薄曇のしていた空がすっかり晴れて、日光が色々に邪魔をする物のある秀麿の室を、物見高い心から、依怙地に覗こうとするように、窓帷のへりや書棚のふちを彩って、卓の上に幅の広い、明るい帯をなして、インク壺を光ら・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・己はちょいと横目で、書棚にある書物の背皮を見た。グルンドヴィグ、キルケガアルド、ヤアコップ・ビョオメ、アンゲルス・シレジウス、それからギョオテのファウストなどがある。後に言った三つの書物は、背革の文字で見ると、ドイツの原書である。エルリング・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・室の周囲には書棚が並んでおり、室の中にもいろいろなものが積み重ねてあって、紫檀の机から向こうへははいる余地がないほどであった。客間はこの書斎の西側に続いているので、仕切りは引き戸になっていたと思うが、それは大抵あけ放してあって、一間のように・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫