・・・もっとも最初は、奥野将監などと申す番頭も、何かと相談にのったものでございますが、中ごろから量見を変え、ついに同盟を脱しましたのは、心外と申すよりほかはございません。そのほか、新藤源四郎、河村伝兵衛、小山源五左衛門などは、原惣右衛門より上席で・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・他愛のない夢から一足飛びにこの恐ろしい現実に呼びさまされた彼れの心は、最初に彼れの顔を高笑いにくずそうとしたが、すぐ次ぎの瞬間に、彼れの顔の筋肉を一度気にひきしめてしまった。彼れは顔中の血が一時に頭の中に飛び退いたように思った。仁右衛門は酔・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・おれも実は最初変だと思ったよ。Aは歌人だ! 何んだか変だものな。しかし歌を作ってる以上はやっぱり歌人にゃ違いないよ。おれもこれから一つ君を歌人扱いにしてやろうと思ってるんだ。A 御馳走でもしてくれるのか。B 莫迦なことを言え。一体歌・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ されば僕の作で世の中に出た一番最初のものは「冠弥左衛門」で、この次に探偵小説の「活人形」というのがあり、「聾の一心」というのがある。「聾の一心」は博文館の「春夏秋冬」という四季に一冊の冬に出た。そうしてその次に「鐘声夜半録」となり、「・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・現役であったにも拘らず、第○聨隊最初の出征に加わらなかったんに落胆しとったんやけど、おとなしいものやさかい、何も云わんで、留守番役をつとめとった。それが予備軍のくり出される時にも居残りになったんで、自分は上官に信用がないもんやさかいこうなん・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・納め手拭はいつ頃から初まったか知らぬが、少くも喜兵衛は最も早く率先して盛んにこれを広告に応用した最初の一人であった。 さらぬだに淡島屋の名は美くしい錦絵のような袋で広まっていたから、淡島屋の軽焼は江戸一だという評判が益々高くなって、大名・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 女学生が最初に打った。自分の技倆に信用を置いて相談に乗ったのだと云う風で、落ち着いてゆっくり発射した。弾丸は女房の立っている側の白樺の幹をかすって力がなくなって地に落ちて、どこか草の間に隠れた。 その次に女房が打ったが、やはり中ら・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 年寄り夫婦は、最初のうちは、この娘は、神さまがお授けになったのだから、どうして売ることができよう。そんなことをしたら、罰が当たるといって承知をしませんでした。香具師は一度、二度断られてもこりずに、またやってきました。そして、年より夫婦・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・そこへちょうど吉新の方から話があって、私も最初は煮えきらない返事をしていたんだけど、もう年が年だからって、傍でヤイヤイ言うものだから、私もとうとうその気になってしまったようなわけでね……金さん、お前さんも何だわ――今さらそう言ったってしよう・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ よくはおぼえていないが、最初に里子に遣られた先は、南河内の狭山、何でも周囲一里もあるという大きな池の傍の百姓だったそうです。里子を預かるくらいゆえ、もとより水呑みの、牛一頭持てぬ細々した納屋暮しで、主人が畑へ出かけた留守中、お内儀さん・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫