・・・何しろ前清の末年にいた強盗蔡などと言うやつは月収一万元を越していたんだからね。こいつは上海の租界の外に堂々たる洋館を構えていたもんだ。細君は勿論、妾までも、………」「じゃあの女は芸者か何かかい?」「うん、玉蘭と言う芸者でね、あれでも・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・、先方は、小学校を出たきりで、親も兄弟もなく、その私の亡父の恩人が、拾い上げて小さい時からめんどう見てやっていたのだそうで、もちろん先方には財産などある筈はなく、三十五歳、少し腕のよい図案工であって、月収は二百円もそれ以上もはいる月があるそ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・重ねて鈴木文史朗は「大家族をもっている月給取りは子供の少い上役より月収が多い。これは一面子供多産の奨励のようなものだ」といっているのである。読売新聞の時評はいち早くこの卓見に同調して、労働者に家族手当を出すので子供を生む。家族手当をやめよ、・・・ 宮本百合子 「鬼畜の言葉」
・・・ 贅沢品とりしまりの標準は月収三百円とかいわれているが、これに該当する生活者は日本の全人口の僅何割かに過ぎない。標準の低下を叫ばれるのは当然である。そして、一方に、悪妻的さもしい手を用いる隙を与えないように、原料その他の価が考慮されて欲・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・第一は三百円の月収を標準として立てられた物の価の限界が、はたして私たちの現実生活にどんな実際のかかわりをもって作用してくるだろうか。ここに五十円月給をとっている娘さんがあるとして、その娘さんはおそらく決して二十円の草履は買わないだろうと思わ・・・ 宮本百合子 「その先の問題」
・・・今度の整理案ではバスの婦人車掌、月収四十八円のところを、三十八円に減らされることになっているのである。 この頃では、バスの車掌もひところのように赤ん坊が生れたからと云って退くひとがなくなって来た。堂々子供をつれて職場にねばるようになって・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
出典:青空文庫