・・・昼前の講義が終わって近所で食事をするのであるが、朝食が少量で昼飯がおそく、またドイツ人のように昼前の「おやつ」をしないわれらにはかなり空腹であるところへ相当多量な昼食をしたあとは必然の結果として重い眠けが襲来する。四時から再び始まる講義まで・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・ある日朝早く行くと、先生は丁度朝食を認めている最中であった。家が狭いためか、または余を別室に導く手数を省いたためか、先生は余を自分の食卓の前に坐らして、君はもう飯を食ったかと聞かれた。先生はその時卵のフライを食っていた。なるほど西洋人という・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・そこでノソノソ下へ降りて行って朝食を食うのだよ。起きて股引を穿きながら、子にふし銅鑼に起きはどうだろうと思って一人でニヤニヤと笑った。それから寝台を離れて顔を洗う台の前へ立った。これから御化粧が始まるのだ。西洋へ来ると猫が顔を洗うように簡単・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 同じように不活溌な千代の手にやや悩まされながら二日目の朝食がすむと、さほ子は、三畳の彼女の部屋に行って見た。 千代は、きのう来た時と勝るとも劣らない化粧をこらした顔を窓に向け、ちんまり机の前に坐っていた。 机の上には、小さい本・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 戸外が静かな通り、家の中も森としている。朝食をしまうと、すぐエーは机に向った。 私も四五通の手紙を書き、フランシス・エドワーズの目録を見る。素晴らしそうなのが沢山あり、特にバートンのアラビアンナイトの原版、小画風の插画のあるキング・・・ 宮本百合子 「静かな日曜」
・・・ 新聞を読むのは、平常は朝ですけれど、創作中は、朝食後すぐ机に坐りますので、いつもお昼御飯のときに読むことにしています。 食事 朝は、起きてから洗面や化粧――といっても、わたくしの化粧は、ちょいちょいと手早・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・にこやかなおだやかな朝食をすませた。小さい弟に出来る事はさせて、あんまり私をよばないで下さいまし」とことわると「御前なんか、一日中机にかじりついていたってろくな事は出来るはずがないんだから働いた方がましだ」と云われたけれ・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・ 姉と弟とは朝餉を食べながら、もうこうした身の上になっては、運命のもとに項を屈めるよりほかはないと、けなげにも相談した。そして姉は浜辺へ、弟は山路をさして行くのである。大夫が邸の三の木戸、二の木戸、一の木戸を一しょに出て、二人は霜を履ん・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・それ朝餉の竈を跡に見て跡を追いに出る庖廚の炊婢。サア鋤を手に取ッたまま尋ねに飛び出す畑の僕。家の中は大騒動。見る間に不動明王の前に燈明が点き、たちまち祈祷の声が起る。おおしく見えたがさすがは婦人,母は今さら途方にくれた。「なまじいに心せぬ体・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ 下宿の女主人は、上品な老処女である。朝食に出た時、そのおばさんにエルリングはどこのものかという事を問うた。「ラアランドのものでございます。どなたでもあの男を見ると不思議がってお聞きになりますよ。本当にあのエルリングは変った男です。・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫