・・・ 傍で、木村は、小声に相手の浅田にささやいていた。二人は向いあって、腰掛に馬乗に腰かけていた。木村は、軽い元気のない咳をした。「ロシアの兵隊は戦争する意志がないということだがな。」 浅田が云った。「そうかね、それは好もしい。・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・しのびの緒をたち、兜に名香を薫じた木村重成もまた、わずかに二十四歳で戦死した。彼らは各自の境遇から、天寿をたもち、もしくは病気で死ぬことすらも恥辱なりとして戦死をいそいだ。そして、ともに幸福・満足を感じて死んだ。そしてまた、いずれも真にいわ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 如意輪堂の扉に梓弓の歌かき残せし楠正行は、年僅に二十二歳で戦死した、忍びの緒を断ちかぶとに名香を薫ぜし木村重成も亦た僅かに二十四歳で、戦死した、彼等各自の境遇から、天寿を保ち若くば病気で死ぬることすらも、耻辱なりとして戦死を急いだ、而・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・「どなた? 佐伯君、一緒の人は、誰ですか?」「知らない。」佐伯は、当惑の様子であった。 私は、まだ佐伯に私の名前を教えていなかったのである。「木村武雄、木村武雄。」と私は、小声で佐伯に教えた。太宰というのは、謂わばペンネエム・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 私は、ふと、木村重成と茶坊主の話を思い出した。それからまた神崎与五郎と馬子の話も思い出した。韓信の股くぐりさえ思い出した。元来、私は、木村氏でも神崎氏でも、また韓信の場合にしても、その忍耐心に対して感心するよりは、あのひとたちが、それ・・・ 太宰治 「親友交歓」
仙術太郎 むかし津軽の国、神梛木村に鍬形惣助という庄屋がいた。四十九歳で、はじめて一子を得た。男の子であった。太郎と名づけた。生れるとすぐ大きいあくびをした。惣助はそのあくびの大きすぎるのを気に病み、祝・・・ 太宰治 「ロマネスク」
一「鉄塔」第一号所載木村房吉氏の「ほとけ」の中に、自分が先年「思想」に書いた言語の統計的研究方法(万華鏡に関する論文のことが引き合いに出ていたので、これを機縁にして思いついた事を少し書いてみる。「わらふ」と laugh につ・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
木村項の発見者木村博士の名は驚くべき速力を以て旬日を出ないうちに日本全国に広がった。博士の功績を表彰した学士会院とその表彰をあくまで緊張して報道する事を忘れなかった都下の各新聞は、久しぶりにといわんよりはむしろ初めて、純粋・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・見ると木村博士と気象の方の技手とがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠せて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスがうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・そして、木村との関係、倉知との関係が何れも間違っていたということを言っている。最後には凡てを思い捨てた形で、許すことも許されることもない、凡ての人に水の如き一種の愛を感じるような心持に置かれている。 葉子は自分の生活を間違っていたとだけ・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
出典:青空文庫