・・・ 巣から落ちた木菟の雛ッ子のような小僧に対して、一種の大なる化鳥である。大女の、わけて櫛巻に無雑作に引束ねた黒髪の房々とした濡色と、色の白さは目覚しい。「おやおや……新坊。」 小僧はやっぱり夢中でいた。「おい、新坊。」 ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ と、翁が手庇して傾いた。 社の神木の梢を鎖した、黒雲の中に、怪しや、冴えたる女の声して、「お爺さん――お取次。……ぽう、ぽっぽ。」 木菟の女性である。「皆、東京の下町です。円髷は踊の師匠。若いのは、おなじ、師匠なかま、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・果してしからば、我が可懐しき明神の山の木菟のごとく、その耳を光らし、その眼を丸くして、本朝の鬼のために、形を蔽う影の霧を払って鳴かざるべからず。 この類なおあまたあり。しかれども三三に、…………曾て茸を採りに入りし者、白望の山奥・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・夕暮の鷺が長い嘴で留ったようで、何となく、水の音も、ひたひたとするようだったが、この時、木菟のようになって、とっぷりと暮れて真暗だった。「どうした、どうした。……おお、泣いているのか。――私は……」「ああれ、旦那さん。」 と・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・わたしたちの知ったとき、もう浅吉の木菟のようなふくらんだ頬っぺたには白く光る不精髭があったし、おゆきは、ばあやさんと呼ばれていた。「ねえ、おゆきばあや、あっさんは赤門にいるの」 縫物をしているおゆきのわきにころがって小さい女の子は質・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ この年、一七九九年のブルターニュの反乱を題材とした「木菟党」を発表し、バルザックはこの小説で初めて自分の本名を署名した。つづいて同年「結婚の生理」を完成し、作家オノレ・ド・バルザックの名は漸く世間的に認められ、新聞雑誌に喧伝せられるに・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・) ブルターニュ 木菟党をよむ。深く感動した。今日、ヨーロッパ地図の上で、人間の理性の地図の上で、ナチス侵入に総反撃を加えつつあるブルターニュのマーキの人々の活躍の価値を思い合わせて。 木菟党は、大革命・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
出典:青空文庫