・・・九 椿岳の人物――狷介不羈なる半面 椿岳の出身した川越の内田家には如何なる天才の血が流れていたかは知らぬが、長兄の伊藤八兵衛は末路は余り振わなかったが、一度は天下の伊藤八兵衛と鳴らした巨富を作ったし、弟の椿岳は天下を愚弄した・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・アレだけの長い閲歴と、相当の識見を擁しながら次第に政友と離れて孤立し、頼みになる腹心も門下生もなく、末路寂寞として僅に廓清会長として最後の幕を閉じたのは啻に清廉や狷介が累いしたばかりでもなかったろう。四 沼南は廃娼を最後の使・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 多恨の詩人肌から亡朝の末路に薤露の悲歌を手向けたろうが、ツァールの悲惨な運命を哀哭するには余りに深くロマーノフの罪悪史を知り過ぎていた。が、同時に入露以前から二、三の露国革命党員とも交際して渠らの苦辛や心事に相応の理解を持っていても、双手・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・旧幕の末路にあたって経済上、農業改良上について非常の功労のあった人であります。それでわれわれもそういう人の生涯、二宮金次郎先生のような人の生涯を見ますときに、「もしあの人にもアアいうことができたならば私にもできないことはない」という考えを起・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・そうした品性のものは社会で必ず破滅するものだ。末路は必ずよくない。社会は甘いものではないのである。 反対にその優越条件に目をつけて、青年学生を誘惑しようとするたちのよくない女性があるに相異ない。純良な、世間知らずの学生がこの種の女に引っ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・天才の誕生からその悲劇的な末路にいたるまでの長編小説であった。彼は、このようにおのれの運命をおのれの作品で予言することが好きであった。書きだしには苦労をした。こう書いた。――男がいた。四つのとき、彼の心のなかに野性の鶴が巣くった。鶴は熱狂的・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・嘘の末路だ。三郎は嘘の最後っ屁の我慢できぬ悪臭をかいだような気がした。 三郎は父の葬儀を近くの日蓮宗のお寺でいとなんだ。ちょっと聞くと野蛮なリズムのように感ぜられる和尚のめった打ちに打ち鳴らす太鼓の音も、耳傾けてしばらく聞いていると、そ・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・そういう際にはセリュローズばかりでできた書籍は哀れな末路を遂げて、かえって石に刻した楔形文字が生き残るかもしれない。そうでなくとも、また暴虐な征服者の一炬によって灰にならなくとも、自然の誤りなき化学作用はいつかは確実に現在の書物のセリュロー・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・そしてこの王の運命の末路のはかなさがなんとなしに身にしみるようであった。 その後にまたつづけて書物の後半になっているセント・オラーフの一代記を読んだ。 向こうところに敵なくして剣の力で信仰と権勢を植え付けて行った半生の歴史はそれほど・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・ 戦争後に流行した茶番じみた滑稽物は漸くすたって、闇の女の葛藤、脱走した犯罪者の末路、女を中心とする無頼漢の闘争というが如きメロドラマが流行し、いずこの舞台にもピストルの発射されないことはないようになった。 戦争前の茶番がかった芝居・・・ 永井荷風 「裸体談義」
出典:青空文庫