上「こりゃどうも厄介だねえ。」 観音丸の船員は累々しき盲翁の手を執りて、艀より本船に扶乗する時、かくは呟きぬ。 この「厄介」とともに送られたる五七人の乗客を載了りて、観音丸は徐々として進行せ・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・をもって、ついに戦死せるもののごとく、広瀬中佐は乗員をボートに乗り移らしめ、杉野兵曹長の見当たらざるため自ら三たび船内を捜索したるも、船体漸次に沈没、海水甲板に達せるをもって、やむを得ずボートにおり、本船を離れ敵弾の下を退却せる際、一巨弾中・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・船の陰に横付けになって、清水を積んだ小船が三艘、ポンプで本船へくみ込んでいた。その小船に小さな小さなねこ――ねずみぐらいなねこが一匹いた。海面には赤く光るくらげが二つ三つ浮いていた。 ハース氏夫妻と話していると近くの時計台の鐘がおもしろ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ざまあ見やがれ、鼻血なんぞだらしなく垂らしやがって―― 私は、本船から、艀から、桟橋から、ここまでの間で、正直の処全く足を痛めてしまった。一週間、全一週間、そのために寝たっきり呻いていた、足の傷の上にこの体を載せて、歩いたので、患部に夥・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・三、四艘の艀は我々を載せて前後して本船に帰ってから、まだ幾分時もたたぬに、何やら船中に事が起ったらしい。甲板を走る靴の音は忙しくなって、人々の言い罵る声が聞える。あるいは誰かが誤って海中へ落ち込んだでもあろうか、など想像して居る中に、甲板か・・・ 正岡子規 「病」
出典:青空文庫