・・・しかしどんな条件があるのだろうと、誰も猶予する。「僕がしましょう。」興奮の余りに、上わ調子になった声で、チルナウエルが叫んだ。「その日数だけ休暇が貰えるかね。半年は掛かるよ。」中尉はこう云って、小さい銀行員を、頭から足まで見卸した。・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・そしてこの物が特別な条件の下に驚くべき快速度で運動する事も分って来た。こういう物の運動に関係した問題に触れ初めると同時に、今までそっとしておいた力学の急所がそろそろ痛みを感ずるようになって来た。ロレンツのごとき優れた老大家は疾くからこの問題・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ が、とにかく彼らは条件なしの幸福児ということはできないのかもしれなかった。 私は軽い焦燥を感じたが、同時に雪江に対する憐愍を感じないわけにはいかなかった。「雪江さんも可哀そうだと思うね。どうかまあよくしてやってもらわなければ。・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・しかしこの議論はいつも或る条件をつけて或程度に押留めて置かなければならぬ。あんまりお調子づいて、この論法一点張りで東西文明の比較論を進めて行くと、些細な特種の実例を上げる必要なくいわゆる Maison de Papierに住んで畳の上に夏は・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・古い話であるが昔しの人は劇の三統一と云う事を必要条件のように説いた。ところが沙翁の劇はこれを破っている。しかも立派にできている。してみると統一が劇の必要であると云う趣味から沙翁の作物を見れば失望するにきまっている。あるいは駄作になるかも知れ・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・是れ実に翻訳における根本的必要条件である。 今、実例をツルゲーネフに取ってこれを云えば、彼の詩想は秋や冬の相ではない、春の相である、春も初春でもなければ中春でもない、晩春の相である、丁度桜花が爛と咲き乱れて、稍々散り初めようという所だ、・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・私共は私共に具わった感官の状態私共をめぐった条件に於て菜食をしたいと斯う云うのであります。ここに於て私は敢て高山に遁げません。」陳氏は嵐のような拍手と一緒に私の処へ帰って来ました。私が陳氏に立って敬意を示している間に演壇にはもう次の論士が立・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ その国々で、婦人たちの社会生活条件は其々に違っている。未熟な段階から、より進んだ段階。更にそこまで進んでも猶人間社会の発展の可能は、かくも大きい希望にみちたものであるということを語る段階。ここにも三通りの、生活の悦こびの段階があるので・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・して此の生活の感覚化を生活の理性化へ転開することそれ自体は、決して新しき感覚派なるものの感覚的表徴条件の上に何らの背理な理論をも持ち出さないのは明らかなことである。もしこれをしも背理なものとして感覚派なるものに向って攻撃するものがありとすれ・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・しかし引きしめて控え目に、ただ核実のみを絞り出す事は、嘘を書かないための必須な条件であった。製作者自身は真実を書いているつもりでも、興奮に足をさらわれて手綱の取り方をゆるがせにすれば、書かれた物の内からは必ず虚偽が響き出る。大業にすることは・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫