・・・「九さ、たまらねえじゃねえか、来年はもう三十面下げるんだ。お光さんは今年三だね?」「ええ、よく覚えててね」と女はニッコリする。「そりゃ覚えてなくって!」と男もニッコリしたが、「何しろまあいいとこで出逢ったよ、やっぱり八幡様のお引・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・なんだい、継母じゃないかという眼で玉子を見て、そして、大宝寺小学校へ来年はいるという年ごろの新次を掴えて、お前は継子だぞと言って聴かせるのに、残酷めいた快感を味っていた。浜子のいる時分、あんなに羨しく見えた新次が今ではもう自分と同じ継子だと・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・「今買うて置かれたら、来年また上りますから結局の所……」「しかし僕は一万円も持っていませんよ」 当にしていた印税を持って来てくれる筈の男が、これも生活に困って使い込んでしまったのか途中で雲隠れしているのだと、ありていに言うと、老・・・ 織田作之助 「世相」
・・・そしてもともと話のあったこととて、既に東京へ来ていた五人と共に、再び東京に於ての会合が始まりました。そして来年の一月から同人雑誌を出すこと、その費用と原稿を月々貯めてゆくことに相談が定ったのです。私がAの家へ行ったのはその積立金を持ってゆく・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・まず今日が日までの息災を謝し奉り、これよりは知らぬ国に渡りて軍の巷危うきを犯し、露に伏し雨風に打たるる身の上を守りたまえと祈念し、さてその次にはめでたく帰国するまで幸衛門を初めお絹お常らの身に異変なく来年の夏またあの置座にて夕涼しく団居する・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・だから僕は父に頼んで来年の三月までの給料は全部僕が貰うことにした。だから四月早々は出立るだろうと思う」 桂正作の計画はすべてこの筆法である。彼はずいぶん少年にありがちな空想を描くけれども、計画を立ててこれを実行する上については少年の時か・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・もう来年の三月まで待てばいいのである。負債も何も清三が仕末をしてくれる。…… 為吉が六十で、おしかは五十四だった。両人は多年の労苦に老い疲れていた。山も田も抵当に入り、借金の利子は彼等を絶えず追っかけてきた。最後に残してあった屋敷と、附・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・チンダルから昨日手紙をよこして是非来年は拝聴に上るというのサ。そのくらいの訳だから日本人に分るような浅薄ナ論じゃアない。ダガネ、論をする前に君に教えておく事があるのサ。いいかえ、臆えて置玉え、妙な理屈だゼ。マアこうサ。第一、人間というものは・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・坊やは、来年は四つになるのですが、栄養不足のせいか、または夫の酒毒のせいか、病毒のせいか、よその二つの子供よりも小さいくらいで、歩く足許さえおぼつかなく、言葉もウマウマとか、イヤイヤとかを言えるくらいが関の山で、脳が悪いのではないかとも思わ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ 来年はもう三十八だというのに、未だに私には、このように全然駄目なところがある。しかし、一生、これ式で押し通したら、また一奇観ではあるまいか、など馬鹿な事を考えながら郵便局に出かけた。「旦那。」 れいの爺さんが来ている。 私・・・ 太宰治 「親という二字」
出典:青空文庫