・・・ 彼は肩越しに神山へ、こう言葉をかけながら、店員の誰かが脱ぎ捨てた板草履の上へ飛び下りた。そうしてほとんど走るように、市街自動車や電車が通る大通りの方へ歩いて行った。 大通りは彼の店の前から、半町も行かない所にあった。そこの角にある・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・その内に懐の菓子包みが、邪魔になる事に気がついたから、それを路側へ抛り出す次手に、板草履も其処へ脱ぎ捨ててしまった。すると薄い足袋の裏へじかに小石が食いこんだが、足だけは遙かに軽くなった。彼は左に海を感じながら、急な坂路を駈け登った。時時涙・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・赤い小さな素足に、板草履をはいているので私は、むっとした。「君、失敬じゃないか。草履くらいは、脱ぎたまえ。」 どろぼうは素直に草履を脱ぎ、雨戸の外にぽんと放擲した。私は、そのすきに心得顔して、ぱちんと電燈消してしまった。それは、大い・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫